「しかも、今でもシツコク、そいつのことが忘れられない、ってな」
幸也にとっては寝耳に水、な話だった。
「……ウソだろ?」
それってまさか。
「そんな勝っちゃんのことをだましたって? フン、お前のやったことは、市中引き回しの上磔獄門でも足りない」
幸也は愕然とする。
もしそれが事実なら、自分は勝浩を倍も傷つけたかも知れないってことか?
「しかも……」
今また同じことをされたと思っていたら。
「違う、俺は……!」
幸也は急に踵を返す。
「おい、幸也、どこ行くんだ?!」
「ユウを連れて来る!」
ユウなら自分の主人を見つけ出してくれるかもしれない。
子どもじゃないんだから大丈夫と思いたいが、林の中に迷い込んだりしたらと思うと気が気ではない。
この辺りは明け方はかなり冷え込むのだ。
「クマとか出くわしたら、どうすんだ!」
勝浩、違うんだ、俺はただ、お前に嫌われるのが怖かっただけなんだ。
だから……
我ながら言い訳も空し過ぎる。
天上の月だけが異様に明るい。
俺の浅はかさを嘲笑っているのか。
「チクショー!」
自分への後悔と怒りでいたたまれず、幸也は月に向かって吠えた。
ユウの声が聞こえた気がして、ふっと勝浩は顔を上げた。
闇に目が慣れてくるとどちらを向いても木立しかない。
夜の林の中は何か言い知れぬ澱みを含んでいる。
ぐんと冷えてきたし、Tシャツに長袖のシャツをはおっているが、じっとしていたから余計に寒くなってきた。
立ち上がって空を仰ぐと、木々の間からまだ煌煌とした月が覗いている。
それだけがまだ救いだ。
「こんなとこで死んだら、みんなに迷惑かけるよな。それにユウをまた置いていくわけにいかないじゃないか」
勝浩は歩きかけたが、とにかくどっちに行っていいかわからない。
運の悪いことに、携帯も部屋に置いてきてしまった。
「あ……」
やっぱり、どこかからユウの泣き声が聞こえる。
勝浩は耳を澄ました。
「ユウ!」
声に出して呼んでみる。
ワン、ワン、と応える声がある。
「ユウ! 俺、ここにいるよ、ユウ!」
ガサガサガサ……
どこかからそんな音がしたと思うと、きゅんきゅんきゅうん、という声とともにユウが現れた。
「ユウ!」
しゃがみ込んで思い切り撫でてやると、ユウは嬉しそうに勝浩の顔やら首やらをなめまわす。
「ごめん、ユウ、ごめん……置いてったりしないって、お前を」
すぐに人間の走ってくる音がして、息を切らしながら現れたのは幸也だった。
「この、バッカやろ! 心配させんじゃねー!」
勝浩を見るなり幸也は怒鳴りつけた。
驚いて思わず、勝浩も「すみません…」ととりあえず謝った。
「だいたい、携帯くらい持って歩けってんだ!」
はあはあと荒く息をつきながら、幸也は続ける。
「確かに、俺が悪い。悪いが……、とにかく、その話はあとだ。タケも心配してるし、とっとと帰るぞ!」
携帯で検見崎に連絡をとる幸也の背中を見ながら、ひどく怒っている、と勝浩は思った。
一時の激情にまかせて真夜中に飛び出して迷子になるなんて、子どもじゃあるまいし、いい迷惑だというのだろう。
確かにその通りだから、何の申し開きもできない。
でも所詮、幸也はこんな人なのだ。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
