キーボードを叩いていても、ふいに指を掴んだ工藤の熱さなんかを唐突に思い出してしまい、一人、赤面して、穴があったら入りたいくらいだ。
「沢村には悪いけど、断るしかないな」
やっぱ、俺、工藤と離れるって、今、考えられない。
野球は好きだけど、今の俺の仕事は工藤の後を追うこと。
良太はあらためて自分の意思を確認する。
「オーロラの編集、つきあうか、って言われたし」
自分という存在を、仕事を、少しずつでも工藤は認めてくれている。
少しも心が動かなかったわけではない。
沢村の話はまさしく夢のようで、しかも実現できるかもしれない、夢だ。
だけど、もう、俺はここで走り出してしまったんだ。
良太は、沢村の携帯の番号を押す。
沢村は出なかったが、留守電のメッセージが流れる。
ラインでメッセージを送るかとも思ったが、文字にするようなことではない気がした。
「ごめん、広瀬だけど、今度ちゃんと話すけど、やっぱり俺、今の仕事を続けることにする。せっかく誘ってもらったのに申し訳ない。きっと、俺じゃなくても、もっと適任な人材はいると思う。日本一になれよ。じゃ、また」
「伝言を承りました」というアナウンスとともに、良太は携帯を切った。
練習のあと、沢村は携帯に入っている留守電のメッセージを何気なく聞いていた。
常にいくつかのメッセージが入っていて、大概それは仕事のことか、たまに兄からで聞きたくもないものばかりだ。
良太に話したとおり、沢村が最後に女とつきあったのは、もう一年以上も前のことだ。
以来、女からのメッセージはない。
やはりもう随分会っていない母親を除いては。
メールは好きになれないので一切見ない。
携帯を握りつぶしそうになりそうだったのは、二番目に入っていたメッセージだ。
良太からのものだった。
「何を……考えてるんだ? あいつは! 断るだと?」
車に乗りこむときにも沢村は良太の伝言を思い出して、思わずベンツのタイヤをガンと蹴りつける。
愛車の悲鳴など意にも介さず、沢村は急発進した。
「……良太か、俺だ」
頭を冷やすために、とりあえずホテルに戻った沢村は、すぐに携帯で良太を呼び出した。
良太は会社にいて、沢村からの電話を受け取った。
「沢村、あの……」
「工藤に何か言われたのか? やつに脅されたのか?」
良太が説明しようとする前に、沢村が畳み掛けるように聞いてくる。
「だから、何で工藤が俺を脅すんだよ。工藤には話しちゃいないし、自分でよく考えた上でのことなんだ」
良太は鈴木さんに聞かれるのをはばかって、小声になる。
「今のお前と野球なんて、てんでかけ離れてるだろうが! 第一お前、不本意な成り行きで今の会社に入ったくせに、断る理由がどこにある」
相変わらず自信の塊のような物言いで、沢村は言い切る。
「そりゃ、出だしは不本意も何もなかったけど、俺はもうこの仕事で行くって決めたし」
「仕事だ? 工藤の運転手やら、プロデューサーの真似事やらがちゃんとした仕事か?」
「言ってくれるな。確かにまだペーペーだけど、少しでもものになる仕事ができるように、工藤の後についていくつもりだ。だから……」
「……工藤か。やっぱり、お前………」
しばしの沈黙のあと、沢村が言った。
「え………?」
「とにかく、もう少し考えろ。いいか、お前、千載一遇のチャンスを逃そうとしているんだぞ。返事はもう一度、ちゃんと会ってから聞く!」
怒鳴るように言うと、沢村は切ってしまう。
良太は大きく息をついた。
「沢村……俺はもう…後戻りはできないよ」
仕事も。
工藤のことも―――――――――――。
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