「何よ、あの女。くどうさぁん、くどうさぁん、なんて砂糖入れすぎのコーヒーみたいな声出しちゃって。高広もろくでもない女ばかり吸い寄せてるわね」
早朝のロケ現場。
そう毒舌を吐いて下さったのは、今回の小林千雪作品『阿修羅なれ』に久々出演している御大、山内ひとみだ。
彼女の視線の先で、そのレーザービームを浴びているのは、もちろん黒川真帆である。
工藤に強制送還させられたくらいでは、めげるなんてことはあり得ないらしい。
「ったく、目障りったらありゃしない」
「ひとみさん、聞こえますってば……」
マネージャーの須永が横でおろおろしている。
「聞こえるように言ってるのよ」
真帆はやはり聞こえているようで、時折、ジロッとひとみを振り返って睨みつける。
「何考えてんのよ、あんな小娘といちゃついて」
たまたま傍を通りかかった工藤に、ひとみはぼそっときつい言葉をなげつける。
「誰がだ。このクソ忙しいのに、どこにそんな余裕がある」
「まんざらでもないくせに。熟れたての美人女優ですもんねー」
「熟れ過ぎてる女優は煩いことばっか抜かしてスタッフを困らせるしな」
「うるさいわね。良太ちゃんはこないの?」
「良太には良太の仕事があるんだ」
「ふーん、おかしなものつまみ食いしてると、痛い目にあうのは高広だからね」
それには答えず、苦々しく眉を顰めたまま、工藤はロケ地をあとにする。
ひとみにおせっかいをされなくても充分イラついていた。
昨日は何とか良太を宥めたものの、真帆にうろちょろされて、また良太の機嫌を損ねるのはまずい。
「良太は今や会社の要なんですからね。良太を怒らせるようなことはくれぐれもしない方が身のためですよ、工藤さん」
脅しじみた忠告をしてくれたのは、秋山だ。
まともに取り合わない方がいいと思っていたのだが、これ以上まとわりついてきたらはっきり釘を刺す必要があるな。
そんな矢先だった。
「ああ、工藤だが、誰だ? あんたは」
スポンサーとの打ち合わせに向うタクシーの中で、工藤は意外な人物からの電話を受け取った。
スタジオで行われる編集作業に立ち会うのは初めてではないし、意見を求められたこともあったが、その輪の中に入った仕事、というのはそれだけで重みを持つ。
差し入れを持って良太がスタジオに顔を出すと、みんなが大歓迎で良太を迎えてくれた。
「歓迎しているのは食い物の方でしょ?」
「また、何をおっしゃいます! 良太ちゃんが来てくれたら、もう百人力」
「久しぶりだね~、風連湖以来か?」
顔なじみのスタッフもいて、すぐに良太も打ち解ける。
ディレクターである下柳が編集してきたものに対して、みんながああだこうだ、と言いたいことを言う。
企画の一旦は出演者である志村なので、彼も参加したかったようだが、『阿修羅なれ』の主役の彼は今日も撮影だ。
フィンランドの映像を見せてもらうのは、良太も初めてで最初はあまりの雄大さにただ見入っていた。
「すげーだろー、良太ちゃん。この太陽がなーー」
下柳が真冬の空に銀色に輝く太陽のシーンをみながら、またしても感動の台詞を吐く。
「ほんと……すんげ……」
「良太ちゃん、初めて見る人なんだから、その視点で何でもいってみて」
「あ、あの、あれ、なんですか? 犬ぞりの右端に写ってる紅いもの」
下柳に促されるまま、見て気づいたこと、思ったことを良太は素直に口にする。
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