月さゆる16

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「ああ、あれは雪上車だな。妙に紅いな、カットするか」
 無造作に顎に手を持っていきながら下柳が言った。
 編集の作業というのが新鮮で、スタッフに良太も混じって画面を見つめることに夢中になっていた。
 しばらくして、いつの間にか工藤がきていることに気づき、良太は声をかけようとしたが、何やら腕組みをしたまま宙を見ている。
 何かあったのかな。
 良太も工藤とは二年以上もつきあっているのだから、工藤がどういう状態なのかくらい大体把握できるようになった。
 触らぬ神に祟りなしとか?
 とりあえず放っておいたが、やがて良太も工藤も次のスタジオに向う時間が近づいていた。
「じゃあ、またのぞかせていただきます」
「何だよ、もう行っちゃうのか? 良太ちゃん」
 気のいいスタッフたちが名残を惜しむ。
 笑って手を振る良太だが、前を行く工藤の背中が、何やら重そうな雰囲気なのに首を傾げた。
「中林重工でしたね、えっと、丸の内っと」
 ナビで交通情報を確認しながら、良太はハンドルを切る。
 さっきからものも言わず、煙をくゆらせている後部シートの工藤をチラと見やり、こっそりため息をつく。
 何やら不機嫌そのものの気配が漂ってくる。
 俺、また何かやらかしたっけ?
 自問自答してみるが、とりあえず大まかなところでは思い当たらない。
「良太」
 不意に工藤が声をかける。
「は、い」
「沢村からプロジェクトに誘われているんだってな」
 いきなり、工藤の口から飛び出してきた思いもよらぬ内容に、良太は飛び上がりそうになる。
「え、それは…」
 何で工藤がそんなこと。
「昼に沢村に会った」
「へ?」
 どうして?? 工藤が沢村と?
 赤信号で良太は慌ててブレーキを踏む。
「いい話じゃないか」
「何がです?」
 良太は思わず聞き返す。
「やつが作る野球チームに入れば、念願のメジャーも近くなるしな。来年はメジャー行きを決めてるそうじゃないか」
「その話ならとっくに断りましたよ、俺」
「断る必要はないだろう? 無理して意に添わない仕事を続けるより、好きな仕事をする方がいいに決まっている」
 良太は工藤の言い方にカチンとくる。
「意に添わないなんて、俺は思ってない」
「金のために仕方なく続けてきただけだろう。沢村が肩代わり、いや、金銭トレードってとこか? お前を欲しいと言ってきた。よかったじゃないか。もう、金にしばられることもない」
 沢村がよもや工藤に会うなんて思ってもみなかったことだ。
「何言ってんだよ! 俺は仕方なくなんてやってねーよ! せっかく仕事が面白いって思い始めてきたのに」
 車は既に丸の内に入っていた。
「笑わせるな。この仕事はちょっとカジったくらいでモノになるような代物じゃない。うちもそろそろ即戦力になる社員を入れようと思っていたところだ。俺もいい加減年だからな。この先、今と同じような状況でやっていけるわけがないのは目に見えている」
 それが、実情か。
 工藤がちょっとは認めてくれているだなんて。
 さっきまで浮かれていた心が急速に凍りついていく。
「つまり、俺はお払い箱ってこと?」
「お前はお前らしい土俵で構えろと言ってるだけだ」
 俺らしいね。
 良太は口をゆがめて笑う。
 どのみち、俺なんかいらないって言ってるのと同じことじゃん。
「せっかく沢村が誘ってくれたんだ。今を逃す手はないだろう? お前も」
 確かに、メジャーでやるだの、ドジャースの大川選手を三振に取るだの喚いていたさ。
 それも九十九%、夢物語だとわかっていたから。
 それにしても慣れとはすごいものだ。
 ちゃんと赤信号では車を停め、青で走り出す。
 まだ、ちゃんと動いてる。

 


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