月さゆる19

back  next  top  Novels


 翌日になると、良太が青山プロダクションを辞めることがどこからか広まり、カメラマンの井上やプラグインの藤堂までがやってきて良太に問いただそうとする。
「いや、ほんとですよ。沢村に誘われたので。俺はもともと野球バカで、こんなオフィスでカッコよく仕事やってるような人間じゃないし。工藤さんもそれはいいって言ってくださったんですよ。ってより、好都合ってとこでしょ。俺なんてたいした仕事できないし、もっと即戦力になる人間を入れるって言ってました。ああ、金銭トレードですから、全く問題なし」
 良太はほとんどやけっぱちで、そんな風に答える。
「おう、いたいた、良太ちゃん、いったいどうしたってんだ? 変な話聞いたんでな」
 スタジオでは下柳につかまった。
「ヤギさん……お疲れ様です……」
「ちょっと、こっちこい」
 下柳は良太をスタジオの隅に連れて行き、「ほんとなのか?」と話を切り出した。
「ほんとも何も、工藤さんに言われたんです。クビだって。せいせいしましたよ。これで俺は大手を振って沢村と一緒にアメリカに行ける」
「アメリカ? 何だそりゃ?」
 良太は下柳にも沢村のプロジェクトのこと、沢村の提示した条件などについて、沢村が工藤と会ったことも話した。
「俺は戦力外ってわけです。工藤さん、俺なんかより即戦力になる人材を入れるっていってました。ま、工藤さんにとって、俺なんか、その程度だったんです。これでよくわかりました。ヤギさんにも色々迷惑おかけしてすみませんでした」
 ぺこり、と頭を下げて良太は踵を返す。
「おい、良太ちゃん!」
 下柳は困惑し、あごひげをしきりと手でなぞりながら、いつになく思案に暮れた。
 
 
 
 
 例によって、工藤を呼び出したのはおせっかいな悪友下柳だった。
「妙な噂を耳にしたんだが」
 工藤は下柳の呼び出しに応えて、二人の行きつけのバーで落ち合うことにした。
 真夜中、二人はカウンターの隅でそれぞれグラスを傾けた。
「で、一体全体どういう了見で良太をクビにするんだ? まさか、あの真帆とかいう小娘にほだされて、良太を捨てるなんてんじゃあないよな?」
「お前、何年俺とつるんでる。あんな小娘に俺がいれあげると思うか?」
 工藤は苦々しい笑みを浮かべる。
「だったらなんだ? 俺はいったはずだ。いい加減な気持ちで良太を振り回すのならやめとけってな」
「だからやめとくんだよ」
「工藤、きさま……」
 下柳は拳を握り締めて工藤を睨みつける。
「何を熱くなってる。フン、沢村から連絡とってきたんだよ。ヤツは今度アメリカで野球チーム作るらしい。そのチームの経営とともに、野球も存分にできるんだと。で、一緒にやっていくなら良太がいいから良太をヘッドハントしたいってな。しかも、俺が肩代わりした良太の借金を自分が引き受ける、プラス良太には年俸としてちゃんと支払うというわけだ。誰も損はしない、沢村といえばでかいとこのボンボンで、結構頭も切れる。俺の反対する理由がどこにある? どうやら良太は俺への義理から、その話を断ってきた……と、ヤツが言ったのさ」
「沢村と良太ちゃん、そんな深い仲だったのか?」
 工藤はすると眉を顰める。
「良太の話だと、たまにゲームで対戦するライバルだったって話だ。小学生から大学まで」
「まともな話ってわけか?」
 聞かれて工藤は一瞬戸惑う。
「……多分、な」
「多分? 何だその多分ってのは。何か気になることがあるのか」
「……いや、別に」
 工藤はまさか、とは思う。
 球界では一番のモテ男といわれる沢村だ。
 ましてや良太なんぞに妙な気を起こすほど女に不自由するような手合いではない。
 はずだ。
 だが、何だ、俺を見た時のあの挑戦的な目は。
 いやいや………、何をよ迷いごとを。
 俺としたことが。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます