コートを手にする余裕もなく、良太はエレベーターに飛び乗り、ホテルを出てふらふらと歩いた。
良太のコートを取りに戻り、慌てて良太を追いかけた沢村は、ウオーターフロントのホテルから十分ほどの新橋駅で良太を見つけて追いすがる。
「バカ、風邪が悪化するぞ、帰ろう」
「うるさい! ついてくるな」
「頼むからこれだけは信じてくれ! 俺がお前を好きだったのはほんとだ。自覚したのはいつだったかわからないけど」
よたよたと良太は駅を抜けて烏森通りへと歩くが、どこを歩いているかは把握もしていない。
人ごみの中を、二人はつきつはなれつただ歩いていた。
「良太、頼むから、そんな熱があるのに……」
「ほっとけよ」
どこ行けばいいんだろ…。もう、あの部屋も出なくては。
工藤には俺はいらないんだし。
いらない……
いらないんだ……
「気をつけろぅ」
良太の腕がすれ違った男の肩にぶつかった。
「…すみません…」
やばい、と沢村が思ったときは遅かった。
「どこ見て歩いてんだよ、にいちゃん」
ガタイの大きな男が良太に凄んでみせる。
傍らにいた三人ほどの男達もみな、顔には一般人じゃありません、と書かれてあるかのようだ。
「だからあやまっただろ」
「なんだとう? このクソガキ」
男は良太の胸倉を掴み、歩道に突き倒した。
「良太! 何しやがる!」
駆け寄って良太を抱き起こした沢村は男を睨みつける。
「おんやー、このヤロウ、どっかで見た顔だと思ったら、タイガースの沢村じゃねーか」
「それがどうした?」
「てめーが生意気なせいで、ジャイアンツが負けたんだ! いっぺんシメテやろうと思ってたんだ」
「上等じゃねーか」
カッカきて喧嘩っぱやい癖は、昔から健在だった。
「バカやめろ、沢村、手を出すな! お前、プロなんだぞ!」
良太はふらつきながら立ち上がる。
「こんのやろーーーー!」
ガツン!
本当に星がチカチカ回っている、と思ったら、意識がふっと途絶えた。
「良太!」
アッパーを喰らって、吹っ飛んだのは良太だった。
沢村の前に立ちふさがったのだ。
「きゃーーーー!」
「喧嘩だ!」
「警察!」
男達はまわりの大騒ぎでそそくさとその場を逃げ出した。
「良太、おい! しっかりしろ!」
沢村は救急車を呼び、良太にしきりと呼びかけた。
知らせを聞いて、何故だと不可解に思いつつも工藤は良太が担ぎ込まれたという病院に車を走らせた。
暗がりの待合室で、工藤を待っていたのは沢村だった。
「すみません、俺がついていながら……」
最後までいうことはできなかった。
腹に強烈な一発をくらって、沢村は廊下に倒れ込んだ。
「手加減してやったんだ、ありがたいと思え。良太はどこだ?」
「三Fの………」
三Fに上がり、ナースセンターで病室を訊ねると、すぐそこだと教えられた。
静かに病室のドアを開けた工藤は、赤い青い顔をして眠っている良太に近づいた。
頭に包帯を巻き、頬にもガーゼを張られ、点滴を入れられている。
「……軽い脳震盪だって、そっちは明日また検査するらしいけど、多分大丈夫だろうって。でも肺炎おこしかけてるってことで、二、三日入院するようにって」
いつの間にか、じっと良太を見下ろしていた工藤の後ろに沢村が来て、そう説明した。
「何で怪我をした? からまれただと? どういうことだ」
「………ちょっと良太を怒らせてしまって、良太、ホテルを出て繁華街に行っちまって、追いかけてったらたちの悪い連中に絡まれて、やつら、俺の顔みて喧嘩ふっかけてきやがって。そしたら、プロなら手を出すなって、こいつ俺の前に出てまともにパンチ受けて……」
しばしあって、工藤は言った。
「契約はなかったことにしてくれ。悪いがお前には良太を預けられない」
沢村はふうとため息をついた。
「あんたが、こいつをいいように弄んでるんだと思ってた……でもこいつ、あんたじゃなきゃいやだって……あんたに捨てられたって、子供みたいに泣いて……」
工藤は拳を握り締める。
沢村はそれだけ言うと病室を出て行った。
工藤は良太の顔をそっと撫でる。
「全く……お前ってやつは………」
静かに眠っているその唇に、自分のそれを重ねる。
「やっぱ、離すのはやめだ、良太……」
がらにもなく目頭が熱くなるのを、工藤は抑えることができなかった。
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