月さゆる3

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 ジリリリリリ………
 さっきから、耳障りな音がどこか遠くで鳴り響いている。
 …うるせー……
 無意識のうちに良太は毛布から腕を伸ばして手探りする。
 と、指は目的の物を探り当ててその耳障りな音の発信源のボタンを押した。
 静けさが戻った、と思ったのもつかの間、じゃじゃじゃじゃーん! と運命の扉が叩かれたのは携帯からだ。
「おはようございます。はい、わかりました!」
 がば、とベッドの上に起き上がった良太は、自分は撮影に間に合うかどうかわらからないから、うまくやっておけとの工藤からのお達しを受けた。
 まだ朦朧とした頭のまま、それでも毛布から這い出し、パジャマ代わりのジャージを脱いで着替え始める。
 目もしっかりあけやらぬのだが、着替えて出かけねばならない、と脳のどこかから指令がくる。
 みゃあ、とナータンが足元ですりすりしている。
「おでかけだからね。おりこうにしてなよ、ナータン」
 ドライフードと水をナータン用のトレーにセッティングしてから、良太は冷蔵庫から牛乳を出してマグカップに注ぎ、一気に飲み干す。
 ネクタイを結ぶのもそこそこに上着をはおり、コートを掴んで良太は部屋を飛び出した。
 
 
 
 
 工藤のジャガーを飛ばして、良太がやってきたのは早朝の銀座である。
 既にスタッフがロケの準備を整え、俳優たちも次々に顔を見せている。
 北海道出張の工藤が間に合わなければ、良太は真中や小笠原に同行するようにいわれていた。
 案の定の今朝の電話だ。
 こんなところで遅刻では小笠原たちにしめしがつかない。
 ほぼ同時刻に、真中を引き連れた小笠原と良太の三人は顔を合わせた。
 小笠原は起きぬけを無理やりつれてこられたという態で、ぼんやりと口数も少ない。
 良太は彼らを気遣う前に、まずスポンサーであり、今回のドラマの舞台を提供してくれた高級デザイナーズブランドであるアーサー・ロス日本支社の広報部長橋本に挨拶に向かった。
 ヒロインが働く職場が、有名デザイナーズブランドという設定だ。
 アーサー・ロスといえば、最初はキャリア・ウーマンをターゲットにデザイナーのロスがニューヨークに立ち上げ、やがてそのコレクションが数々の賞を受け、今ではアーサー・ロス・メンズともどもアメリカのみならず世界のエグゼクティブに支持を受ける人気ブランドだ。
 早朝にもかかわらず撮影を快諾してくれた上、わざわざ撮影に立ち会ったのは橋本だけではない。
 良太は橋本からアーサー・ロス日本支社長、レナード・ブライアントを紹介された。
「Nice to meet you」
 電話で一度話したことがあるだけのブライアントのいきなりの出現に、良太は恐縮しながら、つたない英語でドラマについて、演ずる俳優について丁寧に説明する。
 クッソー、何でいきなりこんな朝早くから、こんなとこに現れるんだよ~
 工藤がいてくれたらよかったのに、とは思いながらも、いないからこそちゃんと対応せねば、と良太は背筋を伸ばす。
 ブライアントは気さくな四十代、といったところか。
 良太の説明に終始和やかに笑って頷いている。
 やがて現れた脚本家の友永美津子を見つけ、良太はブライアントや橋本に断って友永に声をかけた。
「ああ、昨日連絡くれた広瀬くんね。友永です、よろしく」
 濃いブラウンのボブヘアに銀縁のメガネ、笑うと目尻が下がる。
 確かアラフィフと聞いたが、穏やかな笑顔に、良太もちょっと緊張を解く。
「こちらこそ。工藤も出張から戻り次第顔を出す予定なんですが」
 ブライアントらに友永を紹介したところで、撮影が始まった。

 


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