月さゆる4

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 スーツをきっちり着こなした小笠原がゆっくりとビル街の歩道を歩いていく。
 毎回思うけど、カメラの前に立つと、人が変わるのな、あいつ。
 さっきまでねぼけ眼だった小笠原だが、目元もきりりと台詞をちゃんと口にしている。
 良太は腕組みをして、撮影のようすを見つめた。
 小笠原演ずる主人公が、彼女の誕生日プレゼントを買うために入った店で、ヒロインと出会うところから物語は始まる。
 いくつかのシーンが撮られ、少し長めの休憩に入ると、小笠原は良太のところへやってきて、「なあ、どうだった?」と聞いた。
「どうって、いいんじゃない? お前ってやっぱ俳優だったんだな」
 途端、小笠原は良太の頭をガシッと引き寄せ、「やっと、認めてくれたんだな、良太」
「こら、やめろって。誰が認めてなかったよ、離せって」
 ようやく小笠原の腕から逃れ、良太はふうと息をつく。
「だって、俺の顔を見るたび、お前、小言ばっかじゃん」
「それはお前の日常の態度に対してだろ、演技のことなんか、俺にわかるかよ」
 眉を顰めて良太は言い返す。
「またまたー! んなこと言って、俺だったらああしない、とか思ってるだろ」
「思うかよ。まあ、しいて言えば、すかし過ぎって気もしたけど」
 うん、と小首をかしげ、良太はさらりと口にする。
「ゆってるじゃん!」
 拗ねたように、小笠原は口を尖らせる。
「もっと、自然体で行けってことだ。一昔前のハリウッド映画のヒーローみたいなカッコづけはいらん」
 いきなり背後から降ってきた言葉に良太は振り返り、その人の姿を認めてほっとする。
「工藤さん、お帰りなさい。早かったんですね」
 さすがに疲労の色を見せながら、工藤は北叟笑む。
「金がかかったプロジェクトに、ヘタな芝居やられちゃたまらないからな」
 朝の十時に銀座にいるということは、夕べも真夜中まで北海道ロケに立ち会っていたはずだから、かなりの強行軍だ。
「ヘタで悪かったじゃねーかよ」
 小笠原は益々、ふてくされる。
「お前の演技の批評なんかしていない。力を抜けといっただけだ」
「へいへい」
 小笠原は肩を竦める。
「お前もだ、良太。そう、しゃっちょこばらなくていい」
 工藤はポンポンと、良太の肩を叩いて、ブライアントたちのところへ行った。
 そんな工藤の後ろ姿を見つめながら、時折思いがけない優しさを向けられると良太はかえって何も言えなくなる。
 クライアントに対する工藤は極めて紳士的で、そこには日頃怒鳴り散らしているときの工藤など微塵もない。
 ちぇ、ジキルとハイドってとこだな。
 しかも日本語だと、横暴な頑固オヤジ以外の何ものでもないくせに、外国人のエグゼクティブなんかが相手だと、何でああも優雅そうに見えるのか、と良太は思う。
 風格といい、話の進め方といい、工藤の知的レベルの高さを窺い知るのはそんなときだ。
 工藤に追いつこうなんて、俺がメジャーに行くより至難の技って感じだよな~
 妙に納得できてしまう。
「そういや聞いたか? 真帆のやつ、ついにスポンサー口説き落として、例の老弁護士ドラマの準主役射止めたらしいぜ」
 工藤ばかり見ていた良太は、えっ、と小笠原に顔を向ける。
 小林千雪原作の老弁護士シリーズに黒川真帆の出演が急遽決まったというのか?
 聞いてないぞ。
 良太は胸騒ぎをおさえられなかった。

 


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