卒業したら親の工場を手伝いながら草野球なんて甘いことしか考えず就活すらやっていなかった良太だが、大学四年の秋、突然、野球どころの騒ぎじゃなくなって、遅ればせもいいとこで慌てふためいて大学で見つけた破格の給料を提示していた今の会社にダメモトで面接に行き、幸か不幸か採用されてすぐに研修も何もなく右も左もわからないような業界に飛び込むことになり、家族のためだと思ってしゃかりきになって働いた。
それから紆余曲折あって工藤のお陰で負債からは逃れられたものの、ハードスケジュールに追われ、野球といえば、スポーツ番組で情報を発信する側になっていた。
「少なくとも、今の会社でプライベートの時間もなく身を粉にして働くよりはお前の、お前らしい時間が取り戻せる」
沢村が言った。
「……でも…、でもな、俺は……」
それでも後悔なんかしたことはない。
良太は無意識に唇をかむ。
確かに野球ができる環境というのは嬉しいことかもしれないが。
「お前は義理堅いやつだからな、工藤が肩代わりしてくれた金がネックになってるんだろ? だから、その残額は俺がきっちり返す。そうすれば、お前は晴れて自由の身だ。加えてプラスα、年俸についてはお前の要求を聞こう。いわば、金銭トレードってやつだ」
昔の自分なら、すぐにも飛びついたかもしれない話だ。
「でも……お前だって、来年になってみないとわからないんだろ? メジャーに行くかどうか」
「俺のメジャー行きとは別の、プライベートなことだ。プロジェクトはもう動き出している。動かせるだけのものは持ってるしな」
「ったく、これだから金持ちのボンボンは…」
「もし、お前がOKなら、このオフには、俺と一緒にアメリカに行ってほしい。正確にはフロリダだ。気候もいいし、自主トレはフロリダと決めている。おそらくレッドイーグルスあたりのキャンプにも参加させてもらうことになる」
沢村は良太のおちゃらかしにも耳を貸さずに続けた。
「ちょ…ちょっと待てよ。オフって、今年ってことか?」
いきなりな話に、良太はソファに座り直す。
「ああ。お前には、実際もっと早く行ってもらいたい。ゆくゆくは共同経営者になってほしいとも思っている。お前の言ってた草野球のチームじゃないが、ずっと野球に携わっていられる」
「けど、何だって、俺なんかにそこまで……。そりゃ、大学まではたまに試合で顔を合わせてたが、第一ライバルだったわけで……」
「ライバル、ね」
くっくっと笑う沢村に、「失礼だぞ! お前」と真っ赤になって良太は怒る。
「お前の、野球がしたいがためにT大に受かっちまうって根性を、俺は買ってたんだよ。まあ、頭の中身もそう悪くはないってことだろ?」
「俺なんか、カボチャ頭とか、脳みそスカスカとか、工藤に散々言われてるさ。大学受かったのなんてまぐれだ」
沢村はまたちょっと笑い、すぐマジな顔になる。
「とにかく、考えてみてくれ。俺はお前と一緒に夢を実現したい」
「沢村……」
さっきまでいい気分で酔っていたのだが、一気にそれも醒めてしまった。
「うわ、もう三時になる! そろそろ帰るわ。明日、遅刻しちまう」
「良太、いい返事、待ってるからな」
ドアが閉まる前に、沢村が言った。
良太はそれにははっきり答えることができずにロビーに降りた。
あまりにも唐突な話で、しかも急すぎる。
確かに、沢村の言うように、工藤に金を返すことができるかもしれない。
それについて、後ろめたい思いをする必要がなくなる、かもしれない。
野球は今でも、やりたいと思う。
だけど………
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