残月25

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 前回は北山杉とホテルの行き来くらいしかなかったのだが、それでもある時匠がいなくなり、どこへ行ったと探し回ったら杉林の中にぼーっと立っていた、なんてことがあったのだと、奈々が笑いながら話していた。
 うう、この人、ある意味やりたいようにやってる?
 素直に連れ戻されるのはいいとしても、何? もしや、研二さんが頼むっつったのって、この人のこういうとこ心配したから?
 そして新進女優の二村桃子だ。
 まだ売れ始めたばかりというところはわからないでもないが、休憩になると檜山のところに行って、年はいくつ、から始まって、誕生日はいつ、家はどこ、大学はどこ、好きなタイプはとプライバシーに関わることを平気で聴き倒す。
 檜山がいつもの調子で、奈々、と呼ぶように桃子、などと呼んだものだから、二村は一層舞い上がったらしい。
 檜山は怒ったりしたことはないし、女子にも優しいようだが、さすがにライン交換まで言い出した時は口を噤んだ。
 良太はその様子を見ていて、彼女のマネージャーはと探すのだが、隅の方で電話をしている。
 二村は中堅大手のドリームエージェンシー所属女優で、所長の縁戚関係で事務所側も美聖堂の社長に取り入ったりして、新人の中では一押しということのようで売り込みにも力をいれている。
 割と裕福な家で蝶よ花よと育ったらしく、口にすれば何でもできると思っている節がある。
 可愛くてお茶目、という売りで、雑誌やCMでは最近名を知られるようになったが、映画出演は初めてだし、ドラマも同じ事務所のバーターでちょい役くらいしか経験がない。
 そんな俳優を工藤もよく使う気になったなとは、良太も思ったのだが、美聖堂社長は工藤とは長い付き合いで、頼み込まれたというのが本当のところのようだ。
 一応、セリフはしっかり覚えているし、最初の頃の本谷のように学芸会、よりはまだマシのようだ。
 この現場には、そういえば『田園』の時の竹野のような毒舌も山内ひとみのようなお局様的大女優の小言も、何より鬼の工藤の雷もないのだ。
 そして今、ようやく良太が気づいたことがある。
 檜山匠はプロの能楽師で俳優ではないが、今回は舞だけでなく演者でもあるのだ。
 何より、檜山はどこかの事務所に属しているわけではなく一人で、マネージャーも付き人もいない。
 仮に狩野流の中にいれば、弟子たちが身の回りの世話くらいしてくれるのだろうが、もし中にいたとしても性格上檜山はそういうことを嫌っているに違いない。
 ってか、俺しかないじゃんかよ、匠の世話やくの。
 研二の言葉はそこまでのことではなかったかもしれないが、これは心してかからないと。
 俺、何考えてたんだろ、匠って、特別、とかって思ってたけど、まずいよこれは。
「匠、ちょっといいか」
 二村に質問攻めにあって、困ったような顔は見せていないが困っているだろう檜山を、良太は呼び寄せた。
 すると、二村はちょっと口を尖らせて、良太を睨み付けるような顔をしたのを、良太は見逃さなかった。
 ああ、メンドクサイのがここに一人現れた。
 前回の京都には二村はいなかったから、撮影もスムーズにいったのだ。
「どうした、良太」
「先日お借りした演目についてちょっと聞きたいんだけど」
 呼びつけた手前、良太は道成寺や羽衣についてちょうど聞きたいと思っていたことを訪ねた。

 


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