残月52

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 今回の事件だけではなく、以前しでかした事件も確か事務所が金で片を付けたらしいが、どこからともなく噂は漏れ聞こえているらしい。
 藤堂によると、今回の件も例え撮影陣が口を噤んだとしても、彼女が今回の仕事に関わっていたことは既に知られているし、三木原が代役となっていることもいずれ知られるわけで、そうなると想像をたくましくする輩が出てこないとも限らない。
 おっと、また二村とか、余計なことを考えている場合じゃなかった。
 良太は立ち上がった。
「そういえば、田園、すごく素敵なドラマよねえ」
 パワスポの打ち合わせに向かうべく、良太がタブレットをリュックに入れていると、鈴木さんが思い出したように言った。
「あ、なんか結構ポイント高いみたいですね、この秋のドラマの中でも」
 牧歌的でノスタルジックな情景が視るものを引き入れ、主演の宇都宮をはじめ竹野の演技力が際立っているというような評をいくつかネットで良太も見ていた。
 最初は竹野がピリピリして、本谷をこき下ろしたりと、このドラマちゃんとできるんだろうかなどと良太も不安視していたのだが、そのうち演者たちも少しずつ打ち解けて何だか和気あいあいといった感じで撮影が進んでいった。
 冬のシーンがあと数カット残っていて、降雪次第だが、十一月に入ったら小樽での最終ロケが待っている。
 ドラマの初回を良太もネット配信で見たのだが、撮影は順序通りに行われるわけではないので、編集して全体を通してみると、鍋がやりたいばかり言っていたような宇都宮はしっかり物語の中の主人公になっているし、人を睨み付けて言いたいことをガンガン言っていた竹野が流す涙は恋を知った十八歳の少女にしか見えない。
 あらためて良太は、俳優陣も無論だがドラマ制作ってすごいんだと感心したわけだ。
「宇都宮さんを贔屓目に見なくても、続きが早く見たいって、久々よ。娘も竹野さん、可愛いって見入ってたもの」
「そうですか」
 貴重な意見だと良太は心に留めておく。
 何より座長とヒロインの存在感が半端ないのだ。
 それにワキ固めも確かに重要だった。
 ひとみも今回の役は要だし、坂口が出番を増やしたというアスカがまたはまり役だったようだ。
 やはり坂口の目は伊達じゃないってことか。
 本谷も辛うじて及第点というところだが、彼の場合はこれまでのドラマでもそうだったように、科白より雰囲気や所作を自然体で表現していて、いい味を出している。
 それにいよいよ、からくれないに、が来週末、日本シリーズ初戦と同じ日の夜から放映が始まる。
 このドラマが正念場ってとこかな、本谷さん。
 最初は田園とは全く勝手が違って、暗中模索状態だったけど、しり上がりによくなった感がある。
 視聴者の反応がどう出るか、気になるところだ。
「じゃ、パワスポ、行ってまいります」
 良太は鈴木さんに声をかけてオフィスを出た。
 途端、秋風が足元を吹き抜けていく。
 いつの間にか秋が深まりつつあるようだ。
 エンジンをかけ、車を出そうとしたその時、良太の携帯からラインの着信音が聞こえた。
 ブレーキを踏んだまま、誰だろうと携帯を見てみると、噂の宇都宮からだ。

 


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