残月54

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 佐々木さんが仕事の拠点を東京からニューヨークに変えるだけのことだ。
 もし、沢村が買ったという元佐々木家の土地に家を建てて、いずれはそこに住むつもりなのだとしても。
 なんて、傍で考えるようにはなかなか行かないってのが相場だよな。
 それに佐々木さんには、あの矍鑠としたお母さんがいるしな。
 良太は一月に大和屋主催のイベントに、門下生を率いて茶事を行ったきれい怖い女性を思い出した。
 やっぱ難しいか。
「それと今期急成長したレッドスターズの八木沼選手の特集でしたね、広瀬さん」
 殿村にふられてちょっと意識を飛ばしていた良太は、はい、と大きく頷いた。
 八木沼大輔は大阪出身の二十五歳で、関西の大学リーグでは大柄で豪快なスイングから第二の沢村として注目され、レッドスターズにドラフト一位で入団した年から活躍し、今年で三年目、ハーフでイケメン、しかも関西弁で芸人かという軽快なボケ突っ込みトークで、女子中高生から大人女子まで人気を集めている。
 良太も何度か取材で会っているが、ひょうきんで人懐こく、チームのムードメーカーでもある。
 褐色の肌と巻き毛に騙されてハローなんて声をかけた日にはわざと、オレエイゴワカレヘン、なんて妙ちきなカタカナ大阪弁で返される。
 実の母は八木沼が幼い頃アメリカに帰ってしまったという事情もあるのだろうが、英語のスペルは間違える、会話などチンプンカンプンというていたらく。
「俺、ナニワのど真ん中で育ったし、高校までずっと公立で、うちの野球部もそこそこくらいで、甲子園なんか夢のまた夢やったもんな」
「俺もそうでしたよ。でも八木沼さんはこうしてプロで花開いたわけで、これからの活躍がとても楽しみです」
 ある日の取材でそんなやり取りをしたが、よもや、その八木沼と沢村が一緒に自主トレをやることになるとは思いもよらなかった。
 沢村は野球業界ではとにかく気難しい選手で通っている。
 マスコミ嫌いはもとより、ちょっと何か言えば睨まれる、無論その活躍にはチームも一目も二目も置いているが、プライベートではあまりしゃべらないしつるまないし、気軽に飲みになど誘う対象ではないと思われている。
 他のチームでも沢村に対しては大抵そんな扱いだったのだが、交流戦で対戦した後も、何とこの怖いものなしの八木沼は、大学で第二の沢村と言われていたなどということから女の子に振られたなんてことまで、沢村が返事をしようがしまいがべらべらしゃべりつづけ、今にも沢村がキレて、怒鳴りつけるのではと周りが心配したほどだ。
 ところが、そのうち二言三言沢村が返すと、それに勢いづいて気軽に、沢村ぁ、などと気安く呼ぶようになり、果ては一緒に自主トレ、なんてことになったわけだ。
 野球界だけではなくこれには良太も驚いた。
 だが、少しばかりわかるような気がした。
 パワスポでの八木沼選手に対する取材は、今シーズン最多だ。
 というのも、特に交流戦では他の選手の取材をしていると、八木沼が勝手に混ざる。
 取材されていた選手も八木沼なら、という感じで和やかな雰囲気になる。
 喜怒哀楽がはっきりした表裏のない性格が、ファンだけでなく野球界でも愛される要因なのだろう。
 ウソで固めた家族と両親や兄みんなを嫌っている沢村にとっても、ウソのない八木沼選手だからこそなのだろう、と良太は思う。
「沢村選手と八木沼選手の対談の件、双方に確認します」
 一足早く十二月から合同自主トレを行うことになった二人の大型スラッガーの対談は良太の企画で、日本シリーズが終わった後に予定されている。
 沢村を起用したCMは大当たりだったが、でなくても沢村は前々から広報部を通して東京郊外にあるアディノの屋内練習場をぜひ使ってほしいと言われていた。

 


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