世田谷の古い時代からの地主で空手道場を開いている一馬の父と、亡き夫が残した割烹料理の店を切り盛りしている美月の母は当然のことながら一家がすぐ傍で暮らすことを喜んだものだ。
佑人の身体の痣などは、幼い頃から祖父に指南させられている空手の稽古のたまもので、日常茶飯事のことだ。
ただ、今の佑人にはあえて担任やクラスメイトの誤解を解くつもりはないだけで。
ボストンでの五年間は一家にとって穏やかで幸せな時間だったといえよう。美月もボストンを拠点に選んで仕事をし、極力家族を大切に過ごしてきた。
日本に戻り、再び一馬の実家で新たな生活を始めた一家だが、高校生の兄郁磨がすんなり学校に馴染んだのに対して、佑人はそう簡単にはいかなかったのだ。
友達もできないまま六年生になった佑人の小学校生活に変化が起きたのはその春のことである。
新学期を数日過ぎてから、一人の転校生が現れた。
山本力だ、と子供らしくない態度で自己紹介した。
既に身体も大きく、ふてぶてしさすらあった力は、瞬く間にクラスのボス的な地位を確立した。
腕力も強いが雰囲気も言葉も大人びていて、担任よりよほどクラスメイトに影響力を持ち、何かクラス内で揉め事があったりしたときなどは特に、クラス委員とは違った意味でリーダーシップを発揮した。
あらゆる面で自分にはないものを持った力を佑人は憧れの眼差しで見るようになった。
それはもうすぐ夏休みを迎えようという日曜日の朝だった。
母にお使いを言いつかった佑人は、公園を抜けてその向こうにあるパン屋へ行くために、緑が濃くなってきた木立の中を歩いていた。
歩いても五分くらいのそんなに大きな公園ではないが、近所の住人はよく愛犬を連れてここを通る。
得意そうに主人に従う犬たちとすれ違うたび、可愛いなあと佑人は足をとめる。
長年祖父が可愛がっていた犬は佑人たち一家がボストンにいる間に亡くなったが、数年前から家族の一員となった元野良猫のミュウが半年前仔猫を産み、総勢四匹の猫たちで家は賑やかだ。
猫も可愛がってはいるのだが、母や兄には懐いていても子供の佑人はどうも彼女とうまくつきあえない。
佑人は自分と一緒に遊んでくれる犬がほしいと、両親にねだっていたところだった。
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