力は朝からクラスメイトに囲まれていて、夏休みの間にあったできごとを得意げに話していた。
海へ行ったんだ、田舎の祖父母の家に行ったんだ、昼休みも授業の合間さえ大抵何人かが力の回りにいて、なかなか佑人には近づくことができない。
ようやく意を決して声をかけたのは、放課後になってからだ。
「山本くん」
ランドセルを背負うのももどかしげに数人の男子と教室を飛び出そうとする力は、それでも佑人を振り返る。
「何、お前も仲間に入りたい?」
声をかけたのは、力と並んで背の高い元気な生徒だ。
坂本という。
それに対して力の口から出た言葉は思いもよらぬものだった。
「バッカ、なまっちろいお嬢ちゃんみたいなやつ、つれて行けっかよ。行くぜ!」
渋谷あたりに探検に行く、というようなことをみんなで話していたのは佑人の耳にも入っていた。
ただ、話したかっただけだ。
仔犬のことを。
どんなに大きくなったとか、どんなに懐いているかとか。
ラッキーって名前をつけたんだよ、とか。
力を先頭に廊下を走り去る数人の後姿をぼんやり見つめていたのを、一人振り返ったのは、佑人に声をかけてきた坂本だった。
そんなに内気な性格ではないはずだった。
友達に声もかけられないほど。
だが、それ以来小学校を卒業するまで、佑人はそんなことさえできなくなった。
力と話をすることは以来ほとんどなかった。
ボストンの小学校では沢山の友達がいた。
その友達からは時々メールや手紙がくるし、佑人も書いている。
強がって沢山の友達ができたと書いたりしたが、そのたびにボストンに帰りたいと思ったこともあった。
佑人のようすを伺い、担任からどうやら佑人がクラスに馴染めないでいるという話を聞いた両親は、佑人を私立の中学に行かせることにした。
だから、小学校を卒業してからは力とは離れたため、まさかまたこうして一緒のクラスでいられることは、佑人にとって青天の霹靂だったのだ。
『なまっちろいお嬢ちゃんみたいなやつ』
力の心無い言葉に佑人がどれほど傷ついたか。
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