道具を手に取ろうとした佐々木は、また一瞬動作を止めそうになったが辛うじて堪え、道具を持って立ち上がった。
これだからな!
何でいつも、こんな時に、人を驚かすんだ!
佐々木は心の中で怒りつつもいったん下がり、再度挨拶に現れた。
「紹介しろっていうんで、いいか? ちょっと」
挨拶をして下がろうとした佐々木を、沢村が呼び止めた。
「お前は! なんでいつもいきなりなんや」
「俺じゃなくて母親がいきなりきたんだよ」
仕方なく、水屋に行って、年配の弟子に休憩に入ることを伝えると、佐々木は待合に出て行った。
「初めまして、智弘の母の大河内彰子です。あ、こないだ離婚しましたので」
明るく挨拶する彰子に、「佐々木です」と頭を下げてから、あ、と佐々木は思い出した。
「美術館で」
「ええ、覚えててくださって光栄だわ」
「ボッティチェリの」
「シモネッタ、綺麗でしたわね」
「あれは、ほんまにええ作品ですよね」
二人はいきなり古い知り合いのように、絵の話で勝手に盛り上がっている。
「何だよ、あれは」
自分が除け者にされたようで沢村は面白くない。
「いんじゃね? 喧々囂々になるよか、平和」
良太が言った。
そこへたまたま通りかかった淑子に気づいて、佐々木が「おかあさん、沢村のお母さんが来てくださって」と声をかけた。
「智弘の母の大河内彰子と申します」
「佐々木淑子でございます」
型通りの挨拶をしたところへ、「あ、彰子さんは沢村さんと離婚しはって、今は大河内さんやて」と佐々木が淑子に軽く説明した。
「そないなこと軽々しゅう口にするもんやおへん」
「はあ、すみません」
さほどすまなそうにも見えない謝罪をして、佐々木は「ああもう俺限界。メシにしよ」と沢村に小声で訴えた。
にしても、親に紹介とか、後になって別れるとか簡単にいかんようになってしまうやん。
佐々木はついそんなことを考えて、沢村を軽く睨んだ。
「じゃ、メシ行こうぜ」
そんな佐々木の思いなどお構いなく、沢村は言った。
彰子と梶田、それに淑子はそれから何やら話をしているようだったので、良太と直子、それから藤堂が浩輔を呼んできて総勢六人でレストランへ向かうことになった。
「何か、やけに平和な世界が展開してたな」
ステーキランチにかかりながら良太がまたぽつりと言った。
「いいんじゃない? 平和で」
隣に座る直子が、目の前に座って顔を見合わせている沢村と佐々木を見つめながら答えた。
— おわり 「嘉月」の途中あたりへと続きます -
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