「だったら、わざわざこなくてもいいんだ、あのバカ」
工藤の言葉を聞きつけて、京助がまた悪態をつく。
「小夜子様、中川アスカ様がお見えになりました」
背後で藤原の声がしたと思うと、「あけましておめでとうございま~す」と、アスカがバタバタとやってきた。
「おめでとうございます。へえ、馬子にも衣装?」
「涼さん、何かこの頃段々京助に似てこない? 口が」
「冗談でしょ?」
「よくお似合いよ、アスカさん」
小夜子が優しく笑う。
「でも草履でバタバタ走っちゃダメだよ」
「だって着付けに時間がかかっちゃって。髪もなかなかうまくいかなくて。おじい様、もう来てるよね?」
アスカも涼には京助よりあたりが優しい。
「とっくにお父さんと将棋、一勝負してたよ」
おじい様というのは、アスカの祖父で、この家の当主とは古い友人だと、良太もあとで涼に説明を受けた。
「着物なんて、あんまし食べられないんじゃないの、アスカさん」
着物姿のアスカを振り返って良太はボソリと口にする。
「ちょっと良太、人がせっかく着物着てるってのに、綺麗だくらい言うものよ、何、その言い草」
確かに綺麗ではある。
黒地に御所車や梅の花が描かれた華やかな訪問着に、絵巻ものの図柄が展開された緞子の帯を結んでいる。
着物を着ると何やら雰囲気まで違うものだ。
「一言しゃべりゃ、同じだろ? せっかくの着物も泣くよな」
奥の方から京助がまた茶々を入れる。
「京助なんかに聞いてないわよ!」
「まあ、これで皆様お揃いだわね。そろそろお座敷にご案内してくださる? 京助さん」
二人のやり取りを遮って小夜子が言った。
奥のリビングにいたのは何と、デザイナーのアルトゥール・マルローだった。
いつぞや、彼のコレクションに出演するアスカとともに、忙しい工藤の代理で良太がパリに出向いたことがあった。
即席で覚えたフランス語を駆使し、打ち合わせや段取りにと必死に飛び回った良太をマルローは案外評価してくれたのだ。
マルローと親しげに話している千雪も良太に気づくと、すぐおめでとうと声をかけてきた。
挨拶を返しつつもついつい不躾に千雪を見つめてしまう。
今日は黒のスーツだが、その秀麗な美貌には着物美人もかなわないとさえ思わせる。
ましてやどんなにかっこづけしたところで、自分ごときには到底及びもつかない。
ちぇ、と良太は心の中でちょっとだけいじける。
マルローはプロモーションのために日本に滞在中という。
良太に気づくと、「Oh、Ryota」とばかり、オーバーアクションで懐かしげに良太を抱きしめ、アスカには『Tre Bien』を連発してえらくご機嫌だ。
広い和室に膳を構えたのは、亭主役の小夜子を除いて総勢十名、ほとんど内輪の人間だと、隣の席に座った涼に教えられて、良太も少し肩を撫で下ろした。
「これで、東洋グループ関係のお偉方でも勢揃いしてようものなら、食べた気がしませんよ」
屈託なく親しみやすい雰囲気の涼にはつい心を許して、良太はこそっと口にする。
「でも茶懐石だからね、お腹にたまるほどではないだろうし。茶会のあとで、ゆっくりまたコーヒーでもどう?」
「あ、嬉しいです」
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