カップの淵にべったりと口紅がついている。
さっきはきれいなカップだったよな?
するとクックッと押さえていたようなくぐもった笑いに肩を揺らしていた向かいの将清がついに我慢できなくなったといった感じで噴出した。
「な………何なんだよっ!」
「それ………可愛いけど、やっぱちょっとな………」
将清はティッシュの箱を放ってよこす。
優作はティッシュの箱を掴むと、「トイレ、どこだよ?!」と立ち上がり、将清が指で指し示したドアを開けた。
鏡に映るきれいに赤いルージュでかたどった唇。
チークで描いたらしい頬のりんごのような色。
怒りと恥ずかしさマックスで、優作はまた酔いがぶり返してきたかのようにカッカきていた。
「言っとくが俺じゃないからな。女どもが、可愛いだの、天使だのって、ぬったくってったんだ。お前、全然起きねぇし」
その辺にあった洗顔フォームでごしごしこすったがなかなか完全に落ちてくれない。
大体、どうやらビール一杯飲みほしただけで、ひっくり返ってがーがー寝ていた自分が悪いのだ。
んなこといったって、ビールとか酒なんか、飲んだことなかったんだからしょうがないだろ、くそっ!
ああ、もう、これで、また大学行ったら、みんなにからかわれるに決まっている。
ついでにトイレに行って少し落ち着くと、優作は黙ってまたテーブルについて黙々と食べ始めた。
「おい、怒んなよ。昨夜はお前ビール一気したと思ったら、いきなりズルズルと座り込むから、正直焦ったんだぜ? アルコール中毒とかさ、救急車よばなけりゃとか」
将清は肩を竦めた。
「そしたら、スタジオ帰りの元気とあの用心棒がちょうどやってきてて、元気が、寝てるだけじゃねって言うんで、そんでも心配で俺、ついてたんだぞ。お前、元気がギター鳴らして大盛り上がりだったことも知らねぇだろ?」
「悪かったよ、ビールなんか飲んだことなかったんだ」
どうやら迷惑をかけたらしいことを知って、優作はぼそりと言った。
何だか、自分の意図しない方向へ、行ってほしくない方向へ、事が進んでいっている気がした。
これって、俺、やっぱ似合わねえことしてるからなんじゃないのか?
つるむべき相手を間違えているから、こんな、かけたくない迷惑とか、しかもかけたくもないやつにかけたりしてるんじゃないのか?
もしか本当に救急車とか呼ぶようなことになったら、もっと迷惑かけていたことになる。
ふっと、高校の時、部室で隠れて缶ビールとか持ち込んでタバコ吸ってたやつらがいて、情報を聞きつけて生徒会長と一緒にその部室に乗り込んだことを優作は思い出した。
「アルコールとか煙草とか、未成年のやることじゃないだろ」
確かそんなことを言ったのは自分だったと、今となっては苦々しい思い出だ。
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