冷蔵庫に冷やしておいた生酒をやるころには、すっかり口の方も滑らかになっている。
「つまりな、俺はごくごく一般市民だからな、お前らと違って」
優作は常々思っていたことを口にする。
「平々凡々な生涯を送るために生きてるわけよ」
「お前らって何だよ、俺は…」
「まあ、聞けよ」
元気が抗議しようとするのを優作は押しとどめる。
「お前はさ、ここで喫茶店のマスターやってても、東京でギタリストやってても、どこでも輝いてるんだ。現に、この街に引っ込んでからも、お前の周りにはいつも人が絶えない。第一、バンドだってやめなくちゃならなくてやめたんじゃない。だから、GENKIのメンバーもお前を何かのきっかけさえあれば、呼び戻そうとしている。お前のことを慕うファンは、未だに店までやってくる」
「そんなの、もう、時間の問題だぞ」
元気は呆れた顔でグラスを空ける。
「いや、つまりな、お前は、どこにいても、どんな仕事をしていても、どういう生き方をしていても輝いているってことなんだ」
優作はグラスを空けると手酌で酒をつぎ足した。
「俺は、違う。当たり前の仕事をして、当たり前の人生を歩むように、できてるんだ」
「お前、せっかく特訓したのに、スキーツアーで女の子がみんなスノボを華麗に操る将清になびいたこと、まだ根に持ってるわけじゃないだろう? そういう子は派手なものしか目に移らないだけだろう。お前らのら、って将清のことだろ? 当然」
元気はとくとくと酒を自分のグラスに注ぎ、また空になった優作のグラスにも注いでやる。
「あいつは生まれた家も旧家だっていうし、金持ち息子ってだけじゃない、ニューヨークで育って、考え方もグローバルで、マメで気さくで優しいし、加えて男前だし、まあもてない方がおかしいよな」
「何だよ、無節操なやつって、昔はさんざこき下ろしてたじゃないか。俺も含めて」
「それは、単純にもてない男のやっかみだよ」
優作は自嘲する。
「お前な、今、彼女がいないってのは、俺もご同様なんだぜ? それにお前の場合、もてないというのと、ちょっと違う気がするが…」
少し間をおいて、元気が尋ねた。
「何だ、将清と喧嘩でもしたのか?」
「別に、してない……あいつは今頃、女の子たちとクルージングってとこだろ」
「ふーん。だってさ、二年の夏だっけ、お前らバイクで仲良くこっちに来たじゃないか。ちょうど、親父が川釣りに行くって言うんで一緒にテント張ってさ」
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