大学時代、河崎、藤堂、村上とお坊ちゃん同士の悪友で、よく遊んだ。
「薬出しとくから、今夜は安静にしてよく寝ることだな」
「入院しなくていいのか?」
河崎は村上の顔を見た。
「インフルも陰性、入院する理由がない」
「お前、腕は確かなんだろうな?」
直球の難癖に、村上は苦笑する。
「ここで、それはないだろ? 一応、国家試験も優秀な成績で合格してはや何年、経験もそれなりに積んでるぜ? そういやお前とは何年ぶりだ? いつだったか六本木で出くわして以来だな」
そんな村上の相手をする余裕が、今の河崎にはなかった。
「じゃ、つれて帰る。悪かったな、急に」
村上は怪訝そうな顔で河崎を見た。
「おいおい、お前の口から悪かったなんて、それこそ熱でもあるんじゃないのか? まあいい。今は外来閉じてるから、薬と清算は左の受付だ」
「浩輔、起きられるか?」
清算を済ませてくると、河崎は横になっていた浩輔に声をかけた。
「河崎さん? すみません、ご迷惑……」
浩輔は何とか身体を起こし、診療用のベッドから降りた。
河崎は浩輔の肩を抱きかかえるようにして、エレベーターホールまで歩いた。
エントランスホールでは藤堂と浩一が心配顔で待っていた。
「大丈夫か?」
エレベーターから現れた二人に駆け寄ると、藤堂は浩輔に声をかけた。
「すみません、藤堂さんまで。風邪だそうです」
「俺はこいつをうちに連れていく。あとは頼む」
河崎は藤堂に言った。
「河崎さん、仕事があるのに申し訳ないです。浩輔は私が見ますので、どうぞ仕事に戻って下さい」
浩一はすまなさそうに申し出た。
「いや、西口さんこそ、お仕事の方は?」
「講義はもうありませんので、動きは取れます」
「とにかく、車に乗ってください」
河崎は車をエントランスの前につけると、浩輔を助手席に、浩一を後部座席に乗せてマンションへと向かった。
病院からマンションは近かった。
最上階である十階に上がると、浩輔を抱えたままもどかしげにドアを開け、浩輔の部屋まで連れて行った。
飛び出してきたチビスケも何となくようすが違うのに、遠巻きに人間を見ている。
「何か食ってからの方がいいな、食えるか?」
「そしたらパンがあるので……」
河崎はキッチンでパンを見つけると、牛乳を温めてパンを浸し、浩輔に持って行った。
「すみません、いろいろご迷惑かけてしまって…」
「いいから、食え」
浩輔は半分ほどを食べると、薬を飲んで横になった。
浩一はその間、手を貸すこともできず、ぼんやり突っ立っていた。
「今、コーヒーを入れます」
浩輔の部屋のドアを閉めると、河崎は浩一に向き直った。
「いや、おかまいなく。何から何までやっていただいて、申し訳ないです。あの、治療費をお支払いしなくてはなりませんね」
浩一は鞄から財布を取り出そうとした。
「お気遣いなく。会社の仕事中でのことなので、会社で負担します」
「それは……申し訳ないです」
浩一は言い、真っ向から河崎を見つめた。
「やはり、お話すべきかと思うので」
河崎のあらたまった言葉に浩一は眉をひそめた。
「私と浩輔はただの同居人ではありません。お互いを生涯のパートナーと考えて一緒に暮らしています」
浩一はしばし、二の句が告げなかった。
それは何となく感じていたことだった。
二人のようすから、ただの社長と社員という以上のものがあると。
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