いつだってこれだよ9

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「あのマンションは」
 河崎が口を開いた。
「私が祖父から譲り受けたものですから、私が部屋代を払う必要もないですし、ご心配には及びません」
「はあ、しかし、本当によろしいのでしょうか?」
「はい」
 河崎はいつもと同じ強い眼差しを浩一に向けた。
「わかりました。それではご厄介になります」
 浩一は頭を下げた。
「西口くんは、営業として英報堂時代私のもとに二年いましたが、その後デザインに興味をもたれて、著名なデザイナーのもとで一年半ほど経験を積まれたということで、うちのような弱小代理店にとっては、営業、デザイン共に任せられる貴重な存在です」
 藤堂は自分のデスクに戻ったものの、河崎が何か失言をしないかと、聞き耳を立てていた。
「はあ、浩輔が……ですか」
「前の会社の佐々木さんにもいろいろアドバイスもらったりして、何とかやってるよ。そうだ、ベリスキー、ペットフード会社の広告、今やっててね、見てみる?」
 半信半疑のような顔の兄に、浩輔は言って立ち上がった。
 ところがフラリと浩輔の身体が揺れたと思うと、前につんのめりそうになるのを、河崎が危うく抱きとめた。
「あ、すみませ……」
「おい、お前、熱いぞ!!」
 咄嗟に河崎は浩輔の額に手を当てる。
「すごい熱じゃないか!!」
「あ、ちょっと、風邪、こじらせたかも……」
「こじらせたかもじゃない!! 病院!!」
 何を言うよりも身体が動いて、河崎は浩輔の腕を掴んだまま、浩一のこともほっぽリ出してオフィスを出ると、よたよたとおぼつかない足取りの浩輔を車の助手席に押し込んだ。
「おい、達也!!」
 あとから追いかけてきた藤堂にも何も答えず、河崎は車を発車させた。
「あのバカ、どこの病院行くつもりだ? 三浦くん、すまないがあとを頼む」
 あれよという間の展開に、出遅れた浩一に、「仕方ない、あとを追いましょう」と自分の車に促して、河崎のあとを追う。
 河崎は信号に引っかかった時に、携帯で知り合いの医者を呼び出した。
「急患だ。今から病院に向かうから頼む」
 相手が何やら文句を言っているのも無視して、やってきたのは近くの総合病院だった。
「申し訳ございません、外来診療はもう終わりまして……」
 浩輔をおぶって入ってきた河崎に、慌てて駆け寄った看護師が言った。
「村上に連絡を入れてある」
「あ、はい、わかりました。それでは二階の方へどうぞ」
 村上総合病院は今の村上理事長が二代目で、この辺りでは昔からよく知られた大病院である。
 河崎が呼び出した医師というのはこの理事長の息子で、同じ大学に学んだ悪友の一人だ。
「達也。お前、いくら何でも人使い荒すぎるぞ」
 内科医の村上は、文句を言いながら入ってきた。
「どうした?」
「ひどい熱だ」
 さっきまでは気合でしゃんとしようとしていたものの、浩輔は今は朦朧とした状態で、息づかいも苦しそうにしている。
「喉が腫れてる。まあ、風邪をこじらせたな。この坊や、誰?」
「うちの社員だ。西口浩輔」
「保険証とかないんだな。ま、お前ならちょっとくらい高い治療費ふんだくっても、たかが知れてるか」
 軽口を叩く村上は、細面の顔にフレームレスの眼鏡、背もそこそこ高く、まあ、一見してチャラ男である。

 


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