「いや、ほんと、一体どうしたんですか? この南極かという寒さは」
三浦が肩をすぼめる。
「そうなんだ、実はねって、俺が知ってるわけないだろう? 気象庁にでも聞いてくれ」
藤堂はお茶目な顔で肩を竦めて見せた。
三浦も河崎も落ち着く間もなく電話でやり取りを始め、藤堂も自分のデスクで仕事に戻ると、ようやくみんなが揃ったことで浩輔もほっとする気がした。
だが、画面を見つめているが、目をこすっても目の前のボンヤリ感が拭えない。
泣いたわけでもないのに目頭が熱いのは、やはり風邪がまだ治っていないせいだろう。
ややあって、オフィスのドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
入ってきたアポなしの客に営業か何かかと藤堂が立ち上がった。
「これは、西口さん」
一度面識があった藤堂は、浩輔の兄、浩一とわかり、急な訪問にもにこやかに出迎えた。
「突然、申し訳ないですが、河崎さんはいらっしゃいますか?」
藤堂はおや、と思う。
藤堂は瞬時に河崎を指名したことに、お前何をしでかしたんだという視線を河崎に向ける。
「西口くん、お兄様がいらっしゃったよ」
浩輔ははたと画面から顔をあげた。
「兄さん!」
その声に電話中の河崎も予期せぬ訪問者を見た。
「いや、さっき覗いたら留守だったみたいで、上のギャラリーを見せてもらっていたんだ」
藤堂が来客用のソファセットへ浩一を案内し、浩輔もその向かいに座った。
「電話くれたらよかったのに」
「仕事で出かけているとギャラリーの方に聞いてね」
どうしても誰もいなくなる時は、最近入ったギャラリーのスタッフ、荒木啓子に一応声をかけていくことになっている。
「今日急に時間が空いたので、思い切ってこちらに来てみたんだよ。今日は河崎さんが戻られると言ってたから、ご挨拶だけでもと思って」
藤堂がコーヒーを運んできた。
「あ、すみません、藤堂さん」
浩輔は唐突な兄の訪問にちょっと戸惑っていた。
「電話が空き次第、河崎も参りますので」
「お仕事中お邪魔して申し訳ありません」
ちょっとよそいきの雰囲気で藤堂が言うのに、浩一が恐縮する。
「前の大所帯の会社と違って、社員もこれだけの小さな会社ですが、最近何とか軌道に乗り始めたというところです」
人当たりのいい藤堂の、あたりさわりのない会社の説明に、浩一は頷いた。
「いや、会社を興されるだけでもたいしたものです。ギャラリーのオーナーの方にお聞きしたんですが、藤堂さんはギャラリーにも関係していらっしゃるんですか」
「ええ、何分人手もないので、アートは好きですしね」
プラグインだけでなく、藤堂にはギャラリーのプロデューサーという肩書きがある。
そこへ電話が終わった河崎がやってきて、「はじめまして、河崎です」と頭を下げた。
「浩輔の兄の浩一と申します」
名刺交換をして一通り挨拶をした河崎は浩輔の隣に腰を降ろし、浩一とあらためて対峙した。
だが、しばしお互いに言葉がない。
「あ、あの、一昨日、兄がうちにも来てくれて、河崎さんいなかったから、また挨拶したいって…」
浩輔が場を繕うように言うと、早速浩一が切り出した。
「いや、本当に、引っ越す時知り合いとシェアするという話は聞いていたんですが、まさか社長さんのお宅にご厄介になっているとは思いませんで、考えてみたらあまりに図々しい気もいたしますし、浩輔は適当な部屋を借りた方がいいのではと思いまして」
ごく一般的に考えれば、それは至極もっともな話だった。
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