特に普段厳しい父親も喜んでいたことを浩輔は覚えていたのだろう、辞めることになったと父親に電話をした時はものも言わずに切られたと言い、すごい親不孝だよね、と浩一に連絡をしてきた浩輔は寂しそうに話していた。
ふわふわしてのんびりお気楽そうに見える外見とは裏腹に、やることは大抵事後報告で、他の意見が入る余地がない。
それが浩輔だ。
「浩一さん、どうかなさったの?」
考え込んでいた浩一は、テーブルに並べられた妻の手料理を見て、あらためて幸せだと思う。
煮込み料理やサラダに味噌汁。
ごく普通の夕餉を愛する妻や子供と一緒に囲む、浩輔にもこんな幸せをいつか見つけてもらいたい。
だが、それはあくまでも浩一の視点であり、浩輔にそれを押し付けることはできない。
そんなことはわかっている。
わかっているが…………。
浩一はどうしても河崎のことを考えると、また怒りが沸いてくるのを抑えることができなかった。
春一番が関東地方を通り抜けたのは、三月を目前にした昨日のことだった。
「この南よりの強い風がやってこないことには、春が来た、という気分にはなれないよね」
そう言って笑っていた藤堂だが、今日はまたマフラーをグルグル巻きにして、ツイードのコートで現れた。
お天気のセオリー通り、春一番の翌日は西高東低の冬型の気圧配置となり、寒さが舞い戻ったのである。
「何だか、雪でも降りそうな空模様だよ」
「うー、やめて下さいよ、聞いただけで寒くなっちゃいます」
今日も河崎と三浦は出かけているし、しばらくは藤堂の仕事が浩輔の日課となりそうだった。
「やっぱり宝石ってからには、美保子さんのご意見は重要だと思わない?」
「うーん、確かに。でも美保子さんに見てもらうまでにまだちょっとかかりますよ」
最近、藤堂のクライアントとなった中堅ジュエリー会社の広告プロジェクトで、浩輔はデザインを任されている。
風邪をこじらせてしばらく寝込んでいた浩輔だが、今週に入ってようやく再始動というところである。
河崎はもとより、藤堂や三浦までが、久方ぶりにオフィスに出勤してきた浩輔に対して、必要以上にいたわりの目を向けた。
浩輔が寝込んでいると知って、ジャストエージェンシーの直子も心配していたようで、復帰した浩輔に手作りクッキーを持ってやってきた。
「ココアにしてみたんだ」
いつもクールな三浦がわざわざココアなんかを持ってきてくれた時は、ありがたいと思いながら浩輔は苦笑せずにはいられなかった。
「ありがとうございます。でももう、本当に大丈夫ですから」
「適当なところで切り上げていいからね。無理しないで」
藤堂もちょくちょく浩輔のところにやってきて、そんなことを言った。
「はあ、でも、きりがいいところまではやりたいので」
浩輔は河崎と兄浩一のやりとりを会社に出られるようになるまで知らなかった。
「お兄さんから、何か連絡あった? あれから」
「え? いえ、別に。あれからって、俺が熱出して病院行った時ですか?」
藤堂が尋ねると、浩輔は妙な聞き方をするな、と首を傾げた。
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