「まあ……そう」
工藤にしては歯切れの悪い答えだ。
「何か、ありました? っていうか、河崎さんもちょっと変だったんだけど……」
「うん、まあ、達也から聞いた方がいいな。俺が話したとかって、やつが怒鳴るに決まってる」
藤堂はそれ以上話そうとしなかった。
浩輔も聞きただそうとは思わなかったが、何となく、何があったのかは想像がついた。
「河崎さんて、隠し事とか絶対できない人ですよね~」
ポツリと言った浩輔に、藤堂は「よくわかってるねぇ、浩輔ちゃん」と笑った。
その夜、帰ってきた河崎に聞いてみると、珍しく神妙な顔で河崎は浩輔に頭を下げた。
「悪かったな。しゃべるつもりはなかったんだが………」
「やだな、やめてくださいよ、いずれはわかることだし、ほんとは俺から言わなけりゃいけなかったのに。それで、兄は何て?」
「お前を説得して、手元に引き取ると………」
やっぱりね、と浩輔は思った。
兄バカというか、浩輔を可愛がってくれて心配してくれて、父親には勘当されても、この兄は浩輔を大事にして世話を焼いてくれていた。
それは十二分にわかっている。
そろそろ結婚とか考えてもいいんじゃないのか、と前にも言われたことがある。
相手がいないからというと、紹介するとまで言ってくれた。
浩一にとっては今の幸せな家庭を、浩輔にもと思ってくれたのだろう。
それはありがたいと浩輔は思う。
思うが、こればっかりはどうにもならない。
どう話したらいいだろう。
兄の思い描く幸せの構図は自分には当てはまらないのだと。
今度は自分から浩一を訪ねてみようと思った浩輔は、仕事が一区切りついたところで、早速翌日兄の勤める城南大学に出向いた。
多摩川近くに広いキャンパスを有する城南大学は、ブランド校として知名度が高く、また学生の質の高さも評価されている。
その工学部研究室に助教として籍を置く浩一は、クールに見えて時々熱いところや、ざっくばらんに同じ目線で話すところが、男子学生に好感を持たれ、少ない女子学生にも一目置かれていた。
「浩一先生、お客様ですよぉ」
ポニーテールの可愛い女子大生が、浩輔の来訪を告げた。
「客? 今日はアポ入ってないはずだが……」
白衣の浩一はドアを開けて浩輔を認めると、「おう、浩輔か」と、ちょっと面食らったように見つめた。
「お前、風邪、もういいのか?」
しばしの沈黙のあと、浩輔が寝込んでいたことを思い出して浩一は尋ねた。
「やだな、もうとっくだよ。先週のことじゃない」
「そっか、それはよかった」
浩一はするとドアを開けて、「ちょっと出てくる。あと、頼むぞ」と声をかけ、浩輔を促した。
「え、誰? 可愛い子」
「誰? 新入生?」
ドアが再び開いてそんな声が追いかけてくる。
「ばあか、弟だ」
振り返って浩一が言うと、「うっそー、弟? 似てない~」などという台詞がまた聞こえた。
浩輔をカフェテリアのテーブルに案内すると、浩一はコーヒーを二つ持って戻ってきた。
「その、何だ、ほんとに大丈夫か? 無理をさせられてるんじゃないだろうな?」
「ほんとにもう、大丈夫だよ。それに俺、仕事は自分の裁量でやってるから、ダウンしたのは自分の責任だよ。ちょっとクライアントとあってさ、珍しく考え込んじゃったんだよね~」
浩輔は笑顔で言った。
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