ACT 1
二月も終わりに差し掛かり、たまに春めいた風が流れる日はあるものの、まだまだ身震いするような寒さが日本列島上空に居座っている。
「何やってんだよ! 五時にはきっかりスタジオに行かなくちゃなんないんだぞ」
広瀬良太は、ぐずぐずとまだコーヒーなんかを飲もうとしている小笠原裕二を見て、その手に持っていたカップを取り上げた。
青山プロダクションはテレビ番組、映画などの制作が業務のメインだが、それ以外に数人のタレントを抱え、突発的に移籍してきたこの面倒なことこの上ない人気俳優のお陰で、現在肩書と言えば社長秘書兼プロデューサー、のタマゴ以外にマネージャーまで良太に負わせられようとしていた。
「のど渇いてんだよ、手荒いな~もう」
渋々と立ち上がる小笠原に、「そんな科白吐くのは、きちんと仕事こなしてからにしろ」と取り合わず、控え室のドアを開ける。
「大体、コーヒー飲む時間がなくなったのだって自分が悪いんだろ!」
「仕方ないじゃん、めちゃ歯が痛くなったんだからさ」
「何でそんなになるまで放っておくんだよ」
テレビ局の廊下をそんな掛け合いをしながら歩いて、駐車場に向かう。
「ちぇ、忙しかったんだよ。大丈夫かと思って、痛み止め飲んで我慢してたけどさ」
まあ、それはそれで少々気の毒な気もしないではないが。
良太もそうは思うものの、小杉の留守を見計らったように、仕事先に大迷惑をかけてしまった。
「お前、ちゃんと謝るんだぞ、担当の編集さんに」
後部座席に小笠原が乗り込むのを確認すると、良太はジャガーのハンドルをきり、今度は雑誌の撮影が予定されている六本木のスタジオへと車を走らせる。
ドラマの撮影の方は、スタートの数時間前にすぐにディレクターがつかまり、良太が事情を話して平謝りに謝り、別のカットから始めてもらって何とかなったのだが、午後に撮影のスケジュールを入れてあった雑誌『プリティW』の編集者がどうやら出張中。
沖縄の携帯もつながらない島で取材中、しかもぎりぎりまで戻ってこないというので、連絡を取るのが遅くなってしまったのだ。
やっとつかまったのは彼が、編集部に戻ってきた時だった。
テレビ局から時間を遅らせたい旨を伝えると、案の定ぶーぶー文句を言われ、携帯で謝りながら、見えない相手に向かって良太は何度も頭を下げた。
「あんなガキンチョ向けの雑誌、やめたっていいじゃん」
「ガキンチョって、中高校生あたりが対象だぞ。第一、仕事をやめたっていい、ってな、どういう言い草だよ!」
ふざけたことを口にする小笠原に、良太はカッとなって、声を上げる。
「わかったよ! なんか良太、最近工藤に似てきたぜ?」
「お前の態度を見れば誰でも同じこと言うさ!」
まったく冗談じゃない。
あんな横暴オヤジと一緒にされてたまるか。
一体全体、何でこんなやつのために、と良太は眉をひそめる。
小笠原に結構厳しくあたっていた小杉ですら、ああ言えばこう言う減らず口に手を焼いていた。
確かに人気だけでなく、この頃は徐々に実力も身につけてきたようだが。
良太としても自分の仕事で手一杯のところへもってきて、一週間は小笠原の面倒を見なくてはならないからかなりきついのだ。
案の定、問題を起こしてくれた、となればついついつんけんしたくもなる。
ちぇ、ニューヨークかぁ。
小杉さんと俺、逆ならよかったのにな。
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