「…っせーんだよ」
良太はさっさとスタジオのドアを開けた。
「なんだよ」
小笠原は怪訝そうに良太を見た。
「工藤はヤクザなんかじゃねー!」
「へ?」
「今度、ふざけたことをぬかしたら、ただじゃおかねーからな」
ぽかんと口を開けたまま、しばし突っ立っていた小笠原は慌てて、良太のあとを追った。
「おい、良太、待てってばよ!」
編集の山野と名刺交換し、鄭重に頭を下げて、良太がスケジュールの遅れを詫びると、最初はつっけんどんだった山野も、「まあ、広瀬さんのせいじゃないし、いいっすよ」とちょっとため息をつく。
そんなやり取りの向こうでは、既に小笠原がスタンバっていて、仕事モードの表情になっている。
そういう仕事意識は、しっかりしているのだが。
ムッとしたまま、良太はカメラに収まっていく小笠原を睨むように見ている。
大物女優の山内ひとみも、仕事に入ると今までが嘘のように、空気さえも変える勢いだったことを思い出す。
これも大物の予兆ってことか?
苦々しくも認めざるを得ない、小笠原の実力だ。
カメラマンの相田が最後のシャッターを切った。
「お疲れ様~」
「お疲れ様でした」
良太もみんなに声をかけ、山野にまた頭を下げると、小笠原を呼んだ。
「お前もちゃんともう一度、謝れ」
良太が言うと、小笠原は勢いよく頭を下げる。
「申し訳ありませんでした!」
その潔さに山野も、髭面の相田も苦笑いした。
「まあ、次はこういうことは無しにしてくださいよ」
相田が言うと、
「はい、すみません」
唇を引き結んだ小笠原が頭を下げる。
「そうそう、広瀬さん、どこかで見たと思った」
良太に向き直った相田が声をかけた。
「はい?」
「あなたも俳優さんでしたよね。ドラマ、見ましたよ」
いきなりフェイントだ。
古傷を掘り起こされたような想いに、良太は恐縮する。
「あ、いえ、あれは、若気の過ちっていうか、人の代理で出ただけでして、お恥ずかしい限りです」
「あ、そうか!」
良太の後ろで山野がぽんと手を叩く。
「そうだ、和泉何とかって、あなただったんですか! 俺、何回か、おたくの事務所に取材の申し込み入れたのに、もう海外に行ってしまっていないとかって…」
うわあー!
良太は心の中で叫ぶ。
もうすっかりほとぼりが冷めたと思っていたのに、こんなところで、種明かしをしなくてはならなくなるとは、とんだ薮蛇である。
「いや、あの、その節は、申し訳ないです。いや、ほんとに、俺、代理でして、ほんとは、工藤の秘書兼プロデューサーで、今回もマネージャーの小杉のピンチヒッターで、いや、うちのような小さな会社だと、いろいろとやらなくてはならなくて…」
良太はしどろもどろに弁明を試みる。
「へえ、どうして、俳優はもうやらないんですか? なかなかいい味出してたのに、もったいない」
相田がそんなことを言い出した。
「だよな、別に、プロデューサーだ、何だって決めちまうより、いろいろとやればいいんだよ」
小笠原までが調子に乗って口を挟む。
「だったら、お前の面倒、誰が見るんだよ。さっさと、行くぞ。スケジュールつまってるんだから」
小笠原の忙しさを理由に、良太はスタジオからそそくさと逃げ出した。
「参ったな」
良太はエンジンをかけながら呟いた。
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