静かな夜には6

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「だから、言っただろ? お前、結構イイセンいってたから、覚えてるやつが多いんだよ」
 後部座席の小笠原が、シートの間から身を乗り出さんばかりに断言する。
「何がイイセンなもんか。とにかく、俺は今、お前のマネージャーなんだから」
「ちぇ、頑固なんだからよ、見かけによらず」
「余計なお世話だ。次はNBCだな。メシ食う時間くらいあるか」
「おう、忘れてたぜ、俺、もうはらぺこ。その通り入ったとこに、うまい定食屋があるんだ」
「わかった」
 昼間は比較的温かかったが、夕方になれば冷たい風が音をたてて通り過ぎる。
 車をコインパーキングに停めると、良太はコートの前を掻き合わせた。
「さっぶー! 早くあったまろうぜ」
 レザーのハーフコートを無造作にはおった小笠原は良太をせかせて、狭い路地を入っていった。
 
 
  

 
「驚きましたよ、あの頃なら、結構でかく書いたのにな」
 一方、集洋社に戻った山野は、さっそく編集長の石川を掴まえて、力説していた。
「どっかで聞いたと思ったのよ。ああ、広瀬くんね。そう、彼が、和泉くんだったのよ。でも、実は工藤さんからくれぐれもって、頼まれててね」
 電子煙草をくわえながら、山野は石川を見る。
「何をっすか?」
「うちの広瀬のことでいろいろあるかもしれないが、できればそっとしておいてほしいって」
 石川は肩をすくめた。
「話題にのぼっていた頃でも、そういう事情があったから、記事にはしなかったと思うわ。うちと工藤さん、持ちつ持たれつで長い付き合いだしね。いずれにせよ、彼のことはオフレコにしときましょ」
「ええ~、そうなんっすかぁ。それが若いのになかなか骨のあるやつだったんですよ。あの小笠原をちゃんと躾て、小笠原も彼の言うことはちゃんと聞いてるんっすよ」
 山野はいかにも残念そうだ。
「だから言ったでしょ、気骨のありそうな子だったって」
「石川さん、声しか聞いてないのに」
「わかるのよ、経験の差ね」
 編集部でそんな話題が出ていた頃、良太と小笠原は、さば味噌定食を食べている最中だった。
「絶対もったいないって、良太。俳優とか、たまーにやれば?」
「またその話かよ、忙しいし、無理無理」
「工藤に言ってさ」
 確かに、絶対無理、ということもないかもしれないが、とりあえず、何らかの事情でどうしても、なんてことがない限り、良太としてはもう決着のついている問題だ。
 と、その時、上着のポケットで良太の携帯が鳴った。
「あ、工藤…!」
 慌てて良太は着信ボタンを押す。
「お疲れ様です!」
「どうだ、そっちは? 問題ないか」
 二日ぶり、ニューヨークの工藤の声からは、少し高揚が窺える。
「え…っと、はい、こっちは、とりたてて別に問題というほどのものは…。そちらは、公演の方はいかがでしたか?」
 そうだ、初日が終わったのだ。
「ああ、どうやらうまくいった。嘉人のやつが、科白を一カ所とちったくらいで」
「よかったですね! 志村さんのことだから、科白のひとつふたつ間違ったって、うまくごまかしたでしょ」
「まあな。おおよその評判は上々だ。今まで筒井と飲んでたんだが、やつも思いのほか上出来だと言って喜んでいた。あいつがそこまで言うのも珍しいからな」
「そうですか」
 知らず知らず、良太の表情も和む。

 


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