ACT 2
白鳥が声高に鳴いた。
大きく羽を広げ、羽音さえ、空気を伝わって耳に残る。
空に一点の曇りが宿った、と思いきや、舞い降りたのは大鷲だ。
風蓮湖。
海水が混ざる汽水湖だという。
今でも手つかずの自然が残り、約三百種の野鳥が去来する。
良太は、下柳たち撮影スタッフに同行して北海道にいた。
飛行機を乗り継ぎ、中標津空港まで下柳に迎えに来てもらった。
風蓮湖に行く前に、辺りを車で案内してもらう。
本土最東端に位置するという納沙布岬へ向かう途中に、ミズナラの風衝林を見る。
根室海峡からの強い風や氷雪片、潮しぶきのせいで、成長の過程で腰が曲がり、変形した林だという。
国道二四四号線沿いに見た、トドワラの光景は、いかにも北国という情景だ。
海水に浸食されたトドマツが枯れて群れをなしている。
風蓮湖に着いて、他のスタッフと落ち合った。
最高気温マイナス三度。
撮影している間中、そこにいるわけだから想像以上の寒さだ。
「良太ちゃん、風邪引くなよ」
時々、良太にいつもの穏やかさで声をかけてくれるが、撮影の間下柳は変貌する。
打ち合わせの時には感じなかったのだが、これが本当の下柳なのだ。
寒さだけでない武者震いが起きる。
何かに向かって一途に進もうとする男の表情は、厳しさとともに清清しさがある。
「よーし、次、行くぞ」
良太も最初は意見を求められて、いろいろ口にしていたが、素人だからこその着眼点もあるだろう、という下柳の言葉に励まされる。
そのうち、スタッフとも打ち解けて、言葉が自然に出るようになった。
中標津町に一行は宿を取り、夜は毎夜酒盛りだという。
一日目は良太の歓迎会だというので、みんなと一緒に夜中まで飲んで、良太は早々に潰された。
翌朝は酒が残っているだろう、くらいに早い出発だからかなりつらい。
「どうする? カラオケ行くっていってるが」
その夜も隣の部屋の下柳が呼びにきた。
「いや、今夜はちょっと遠慮しときます。明日起きれなかったらやばいし」
起きれないということもないのだが、本当は工藤が日本に戻ってきているはずなので、連絡してみようと思っているのだ。
下柳はにっこり笑い、良太の肩をポンポンと叩くと、「肩の力抜けよ」と言い残してドアを閉めた。
下柳が行ってからタブレットを取り出し、その日の白鳥や丹頂鶴の優雅だったことなどを思い出しながら,撮影記録を綴る。
自分の意見も付け加えて工藤に報告するつもりだ。
ふと気づくと、ぼんやり、携帯を見つめていた。
俺ってばよー……
何も電話するくらい、いつもやっていることなのに、何だかちょっと躊躇してしまう。
工藤はもう、今日の午後には帰ってきているはずだ。
おそらくまだ会社にいるに違いない。
もしいなければ、携帯にかけてみよう。
良太が意を決して、手元の携帯を取ろうとしたその時、唐突に着メロが鳴り始めた。
「うわ……」
工藤からだ。
今さらながらドギマギしながら、良太は電話に出た。
「はい! …あ、お帰りなさい。お疲れ様です」
「そっちは順調か?」
声の穏やかさから察するに、どうやら気分は悪くなさそうだ。
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