いきなりテーブルの近くで声がして、千雪は驚いて振り向いた。
「あ…おおきに。ノックくらいしはったら?」
「しましたけど、空調の音で聞こえんのでしょう」
「はあ…そうか……ほな、いただきます」
千雪がソファに座って、食事に取り掛かると、老人は黙ってカップに紅茶を注いだ。
「ここかなり古いみたいやけど、築何年くらい?」
「さあ、明治の終わりとか聞いとりますが」
「ほな、百年は軽く経ってるわけか」
「耐震補強も一応去年やりましたんで、まだまだ使えます」
「へえ……」
すると老人はスリッパをもってきて、千雪の前に置いた。
「どうぞ」
「ああ、おおきに」
裸足で歩き回っていた千雪は、遠慮なくそれを履いた。
「家の方にはちゃんと連絡しましたかい?」
「え?」
何やらその怪老の口から出た言葉にしては不似合いな気がして、千雪は一瞬戸惑う。
「あ、いや、俺、ひとりやし。親、もういてないから」
「そう、ですかい。今日は月曜日ですが、学校はええんですかい?」
「今、まだ春休みやし……それよか、あのおっさん、どこ行ってん?」
老人は千雪の平らげた皿をトレーに戻していたが、しばしの間をおいて答えた。
「社長のことですかい? 社長は中軽のホテルでロケがありまして、そっちに行っとります。夕方までは戻らんと思います」
「ふーん……ロケねぇ……」
「夕飯は何かリクエストがあったら、言ってください。材料配達してもらいますんで、四時くらいまでには」
紅茶のセットだけを置いて老人が出て行くと、千雪は「なんか、まともやん」と呟いた。
いずれにせよ、せっかくこんなところに勝手に連れて来られたからには、いっそゆっくり静養させてもらわないことには、気がすまない。
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