花のふる日は 36

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 高校の時に読んだ「野ざらし紀行」の中の一句である。
 何かしら面映い気がして研究者の父にではなく、当時は古文の先生と芭蕉の解釈についてやり取りをしたことなどを思い出しながら、刻まれた文字を目で追った。
 高校時代へ思いを馳せれば、自然、そこには研二の姿がある。
 千雪の中の研二は高校時代のあの時のまま、微笑みかけてくれる。
「まあ、渋すぎるいうなら、もう、エッセイ書けやなんて声もかからんやろ」
 しばし句碑の前にたたずみ、遠い日へと思考を飛ばしていた千雪は、ようやく我に返ったように、もと来た道を帰り始めた。
 
 
 
 
 別荘の当主が帰ってきたのは、日も沈みかけてぐんと冷え込み始め、平造が夕餉の支度に取り掛かった頃だった。
「お帰りなさい」
「ああ」
 出迎えた平造に、いつも以上に不機嫌そうな顔で答えた工藤は、逡巡しながら煙草を銜えた。
「………あいつは、どうしてる?」
 ようやく口にして、工藤は煙草に火をつけた。
「今日は散歩に出られて、戻ってからはレポートをやるとかで部屋におられますが」
「…………そうか」
 怒って出て行くとか、逆に部屋に閉じこもるとか、思い描いていたのとは違う状況に、工藤は戸惑い気味に口篭る。
「食事は六時過ぎにはダイニングに用意しますんで、客人のリクエストでビーフシチュウです」
 とにかく、話をつけなければと覚悟を決めて工藤は煙草を灰皿に押し付け、階段を上がっていった。
 トントンとドアがノックされたので、千雪は「どうぞ」と答えた。
 だが、入ってきたのが工藤とわかると、キーボードを打つ手を止めて、傍らに置いてある、クローゼットで見つけたゴルフセットの中から拝借したクラブを掴んだ。


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