ACT 3
美しい山々の連なり。
雪をかぶった街並み。
寒ささえ透明なたたずまい。
そんな自然の中に浸るだけで十二分に千雪は感動的だったのだが。
「後ろに体重かけ過ぎだ!」
青空の下のパウダースノー。
「もっと力抜け!」
リフトに乗って眺めるのは絶景で。
「脚伸ばしながら開く!」
黒とオレンジのウエアの長身の男は、ここでも確かにサマになっているのだが。
「バランスだ、バランス!」
「大声で怒鳴り散らすな!」
ちょっとくらい千雪が言い返したところで、このジャイアンは聞く耳など持ち合わせていない。
「ストックは杖じゃねぇ!」
しかもすぐ傍を傍若無人なボーダーがぶつかるスレスレで掠めて滑り降りていくし。
「てめぇ、バイク乗ってんだろうが! バランス考えろ!」
朝からスキー場に連れてこられた千雪は、初心者だという訴えも聞き届けられず、リフトで中級コースにぽんと放り出され、プルークヴォーゲンだ、シュテムターンだと滑らされては、滑り終えたところをスキーで登らされ、また滑り降りる、という具合で、ジャイアン京助に扱かれ続けているのである。
「もう腹減った! メシにする」
イラつきが爆発しそうになっているのをかろうじて抑え、千雪は宣言した。
「まだ十一時半だぞ、フン、仕方ねぇ、あと一回上がったら、カフェテリアまで降りるか」
「げぇ………」
いい加減疲れきっている千雪は嫌そうな顔を隠そうともせず、京助に思い切り剣のある目つきを向けるが、ジャイアン京助は意に介さず、それ行け、やれ行けとストックで千雪の尻をぽんぽんと叩く。
こういう時、人は殺意を覚えるのじゃないだろうか、などと憤怒に煽られた千雪の心の内とは裏腹に、青空に冬の太陽は鈍く輝いていた。
「……クソ…ぉ!」
千雪は思わず声を上げる。
朝のことだ、ダイニングに下りていくと、優しそうな若い女性が朝食を用意してくれていた。
「おはようございます。あら、京助さん、ついに彼女できたの? すんごくきれいな方ね~」
にこにことスクランブルエッグやフレンチトーストなどをテーブルに並べながら、その人は京助の後ろの千雪を見て言った。
「おはようございます。俺、小林、いいます。京助の後輩です」
温かな雰囲気の女性に、怒るわけにもいかず、千雪ははっきりと挨拶した。
「あら、ウソ、男の方だったの? やだ、ごめんなさい、てっきり京助さんの彼女かなと」
女性は千雪を穴のあくほど見つめて、顔を赤らめた。
「おはようございます、咲子さん、そう、こいつ、俺の後輩。しばらくいるからよろしく」
サーバからカップにコーヒーを注ごうとした咲子を軽く制して、京助は二人分カップに注ぐ。
「咲子さん、予定日いつだっけ? メシ作ってくれるのはありがたいが、無理するなよ。このくらい俺、自分でやるから」
千雪も咲子のエプロンの辺りのふくらみに気づいていた。
「もうちょっと先なんだ。あとは出てくるの待つだけだし、昨日から、亭主、札幌出張で退屈だったから、いいのよ」
アハハと笑う咲子は、屈託なくて好感がもてる雰囲気で、長年この山荘の家事をやってくれている人だと、あとからやってきた公一が千雪に話してくれた。
和やかな朝食に、ようやくいろんな意味での疲れやらが取れた気がしていた千雪だったのだが。
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