氷花17

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 すると、どう見ても湯上りらしい、スエットの上下にタオルを首に巻いた長身の男が、キッチンの入り口で驚いた顔で千雪をじっと見つめている。
 京助が髪を黒く染めて立っているのかと一瞬在り得ない想像をした千雪だが、よく見ると印象がかなり柔らかいし、雰囲気も違う。
「咲子さん、具合悪うなって病院に。京助と公一さんが一緒に行かはりましたけど」
 とりあえず千雪は簡単に状況説明だけした。
「え、そうなの? 俺、風呂に入ってたから全然気づかなくて」
 言いながら、男はまたじっと千雪を見つめる。
「君、ひとりだけ?」
「え、はい」
 妙な聞き方をするな、と思いながら、千雪はカレーを煮込んでいる鍋を覗き込む。
「いい匂いにつられてきちゃったよ」
 気づくと男はすぐ傍に立ち、上から鍋を覗き込んだ。
「咲子さん、作りかけやったんで、カレーにしたんですけど、食べはります?」
 一応聞いてみた。
「美味そう。俺、腹減っちゃって。いただこうかな」
 男は戸棚から皿を二つ取り出し、引き出しからスプーンを見つけ出してて、キッチンのテーブルに並べた。
「ここで、ええんですか?」
「わざわざ面倒じゃない、あっちまで持ってくの」
 男はにっこり笑って肩をすくめてみせ、炊飯器から皿にご飯を盛りつける。
「しかし、珍しい。京助の彼女でキッチンに立ってくれる子なんて。京助が来てるっていうんで、今年はどんな女の子たちが来てるのかなと思って寄ってみたんだけど」
 これだけ話しているのにまだ誤解されているとわかると、千雪はまたイラっと眉を顰める。
「何と、君一人! いや、あの京助もタラシを返上せざるを得ないのも頷けるよ、京言葉もはんなり美人の君みたいな彼女なら……」
「すみません、俺、京助の後輩で、小林、言います。よろしゅうに!」
 千雪は男の言葉を遮るように、はっきりと、男を睨みつける。
「え……?」
 男は一瞬固まった。
「ひょっとして、京助のお兄さん、ですよね? 俺、京助ら戻るまで待ってますよって、先に召し上がって下さい」
 今度はまた、ハトマメな眼差しで男に凝視されながら、千雪は続けた。
「……これは、失礼……、いや、てっきり………」
 千雪が女に間違えられるのは今に始まったことではないが、会話をしていてもわからないらしいのは、声のトーンがさほど低くないからかもしれない。
 とはいえ、勝手に勘違いするのは千雪の知ったことではない。
 ちょうど千雪が男の差し出した皿のご飯にカレーをかけたところで、藤原がやってきて、ちょっと二人を眺めてから口を開いた。
「たった今、京助さんからお電話がありまして、咲子さんは帝王切開の手術になったということです……紫紀さん、あの……」
「そりゃ、大変だったね。俺、全然気づかなかったよ、救急車の音もしなかったし」
 スプーンを持ったまま、紫紀と呼ばれた男は腕組みをする。
「ええ、救急車を呼びましたところ、大きな事故があったとかで出払っていて時間がかかるというものですから、京助さんと公一が車で行った方が早いだろうと」
「咲子さんのご主人は?」
 紫紀は怜悧な声で尋ねた。

 


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