「連絡はついたんですが、あいにく札幌に出張中で、すぐには戻れないということでした」
藤原は答えた。
「そうか。あとは医者に任せるしかない。ああ見えて咲子さん、強い人だから、大丈夫だよ、きっと。赤ちゃんも。京助、ついてるんだろ? 俺らは腹ごしらえをしよう。藤原もいただけば? 美味そうだよ、彼、小林くんが作ってくれたカレー」
今度は紫紀の表情が柔らかくなる。
「いえ、私はまた後ほどで結構です。お二人ともこちらでお召し上がりに?」
藤原がそういううちにも、紫紀は椅子に座り、カレーを食べ始めた。
「では、私室におりますので、ご用がありましたら、お呼び下さい」
「了解。……お、美味い」
藤原が下がると、紫紀は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
「君も食べたら? スキー帰りなら腹が減っただろう?」
紫紀が食べているのを見ていたら、千雪も空腹なのを思い出した。
「ほなまあ、いただきます」
すると紫紀は立ち上がって、もうひとつの皿にご飯を盛りつけ、二つのグラスにミネラルウォーターを注ぐ。
紫紀の向かいに座ってカレーを食べ始めたものの、しっかり自分に注がれている紫紀の視線にイラついて千雪は真っ直ぐ紫紀を睨みつけるように見た。
「美味かった。おかわりしてもいいかな」
「どうぞ」
一皿をペロリと平らげた紫紀は、しっかり一人前カレーを盛りつけてまた向かいに座った。
「京助の、後輩だっけ? 小林くん。あ、そうそう、申し遅れました、俺、京助の兄の綾小路紫紀と言います。バツイチで現在は独身、息子が一人、以後、お見知りおきを」
思い出したように自己紹介すると、にっこり笑ってまた紫紀はにこりともしない千雪を見つめた。
「以前、どこかで、お会いしたことは?」
「お目にかかったのは初めてですけど」
千雪は怪訝な顔で見やる。
「あっそう」
紫紀は小首を傾げた。
「いや、マジで、どこかでお会いした気がしたんだが。まあ、こんな美人さん、会ってたら忘れるわけないか」
美人というキーワードに、千雪は心の中で再度ムッとしたが、初対面の相手だからとそれを何とか抑えきった。
「京助の後輩というと、君もお医者さん?」
「俺は法学部です」
すると、しばし紫紀はスプーンを止めた。
「京助の友人の法学部の小林くん? って、まさか小林千雪…くん、じゃないよね? ミステリー作家の」
「その小林です」
きっぱり答えた千雪はカレーを口に運ぶ。
割とうまくでけたやん。
「なんか、巷のイメージとは打って変わってる気がするんだが。いや、京助とセットで一時騒がれていたろう?」
カレーの出来具合に自画自賛していた千雪は、また表情を曇らせる。
もとはと言えば自分が作り出した世間のイメージではあるものの、人に指摘されるのは不快だしそのギャップを説明するのが面倒でしかない。
「眼鏡かけてもかけへんでも好奇の目ぇで見られるんで。それやったら人が寄ってこん方がラクなんです」
自棄のように言い切ると、千雪はまたカレーを口に運んだ。
「なるほど、実に端的な理由だ。千雪くん、京助とつきあってどのくらい?」
「京助とは上京してからやから四年。うちの父が一人暮らしするの心配して、京助に頼んだらしうて、父はK大の教授で、京助は父と面識があったみたいで」
何となく妙な聞き方だとまた思いながら、千雪は簡潔に説明した。
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