氷花19

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「ああ、そうか、君の父上は、K大学の小林教授だったね。京助が心酔して一年ほど京都にいたんだっけ。じゃ、その時に知り合ったの?」
「いえ、京都にいた頃は全然顔を合わせたことはなかったので」
 ふと紫紀が自分たちの関係を勘ぐっているような気がして、千雪はあからさまに怪訝な顔を向けた。
 やから嫌やったんや。
 家の人に知られるとか面倒極まりない。
 第一こいつの目、優しそうやけど、何や、心の中見通されとるみたいで、胡散臭い。
「弟の友人にいつも身上調査しはるんですか」
 千雪はさらりと嫌味な言葉をぶつけた。
 すると紫紀は一瞬眼を眇めるたように見えたがすぐまた表情が消える。
「や、そんなつもりはないが、そうか、思い出した。涼の叔父さんの元許婚者!」
 いきなり何を言い出すのかと、千雪は訝しげに紫紀を見た。
「原夏緒さん、君の母上だよね? だからどこかで会った気がしていたんだ」
「原夏緒は母ですけど、元許婚者て何ですか?」
 妙な言いがかりをつけられた気がして、つい言葉がきつくなる。
「そうか、母上から聞いたことはないよねぇ。君が生まれる前の話だし」
 意外な展開に千雪は一層紫紀にきつい眼差しを向ける。
「どういうことです?」
「俺が直接知っているわけじゃないんだ。というか、君と京助が知り合ったのは必然というか……」
「はあ?」
「聞きたい? 君の母上が小林教授に嫁ぐ前の話」
「話したいんはそちらでしょう」
 自分の知らない母親の話となれば知りたくないわけがないが。
 つんけんした千雪のことばにも紫紀はまたにっこり笑い、続けた。
「実は、君の母上、夏緒さんは、祖母の従兄の息子の許婚者だったことがあるんだ」
「へえ? そらまた奇遇ですね」
 千雪は感情のこもらない言葉を返す。
「そう、義母の佐保子の弟、だから義叔父ということになるんだが、九条祐紀といってね、この人が大和屋の一人娘だった夏緒さんの描く絵もだが、本人にひと目惚れしてね、大和屋さんに結婚を申し込んだ。そしたら大和屋さんも大乗り気で、結納もかわそうかという時に、夏緒さんは小林青年と駆け落ちしたというわけ」
 京助に無理やり連れてこられた北海道の山荘で、まさか母の昔の話を聞けるとは思いも寄らなかったし、そんな話を千雪は聞いたこともなかった。
「夏緒さんのお兄さんが謝りにこられて、聞いた話によると、お二人はつき合っていたらしいが、ご両親が当時学者の卵の小林青年との結婚には反対されてたと」
「反対されてたことは聞いてますけど、今更そんな話持ち出してもとっくの昔のことやないですか」
 冷たく突き放すような千雪に紫紀は怯むようすもなく続けた。
「叔父が一目ぼれするのもわかる気がするよ。何せ、気がいい叔父は、夏緒さんに駆け落ちされてもまだ忘れられず、彼女の絵を集めたり、写真、大切に取っててね、結婚して随分経ってからも俺らに、内緒だよって、彼女の写真見せて、きれいな人だろうって、自慢してるんだからね」
 千雪にしてみれば、そんな話はどうでもいいことのように思われたが、絵を集めたということが少し気になった。
「その諦めの悪い叔父さんが母の絵を持っていらっしゃるんですか?」
「三、四枚あったんじゃないかな。叔父の別荘で見たことがある。写真と一緒にね」
 紫紀はそこで思い出し笑いをして、続けた。


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