「ふうーー、オヤジがいると肩凝るよな」
三人になってワインで乾杯すると、公一がボソッともらす。
「藤原さんって、ほんま礼儀正しいな。執事の学校とか出てはるん?」
千雪の率直な意見に公一が笑う。
「確か、若い頃、ケンブリッジ留学していたって。イギリスには養成学校みたいなのがあるらしいけど、そんなの多分行ってないっすよ」
公一が小首を傾げながら言った。
「留学中、どっかの貴族のうちで修行してたらしいぞ。だからありゃ、筋金入りだ。俺が仰々しいのは嫌いだってうるさく言うんで、最近俺らだけのときは藤原にしてはあれでざっくばらんな対応なんだ。親父らの客相手のときは、聞いててマジにこっちが肩凝るくらいだ」
京助が代わりに答えた。
「へえ?」
千雪にしてみればあれでも十二分に仰々しい気がする。
「ひえぇ、修行? 俺、オヤジにゆくゆくは俺があと継いでバトラーやれって言われてるんすよ。俺、いやだなー、そんなの。マジ、きつそう」
「お前には無理だな。適正ないぞ。あきらめろ」
やる前からネをあげている公一に、京助が言った。
「って言ったってなぁ、一応、ほら、育ててもらった恩ってのもあるしさ」
ワインをごくごく飲み干してから公一は皿に取ったパスタをつつく。
「ばーか、自分にあった仕事するのが、一番いいに決まってるだろ」
京助は断言する。
「でも、やっぱな。ほんとの親ならそうも言えるけど」
ぶつぶつ口にする公一に千雪は目をやった。
「ああ、俺、三歳くらいの時にオヤジに引き取られたんですよ、施設から。ってもほとんどその頃の記憶はないんっすけどね。ほんとのことはっきりわかったのは中学入ってからで、それまで俺、何も考えずに京助さんたちと一緒に番町の屋敷で遊びまわってたし。俺、だからあの屋敷がうちだって思い込んでたくらいで」
へへへ、と公一は笑う。
「お前んちだろうが。他にないだろ」
京助は怒ったように言う。
「いやあ、そうなんっすけどね、ほら、あんなでっかいうちで、金持ちだったりすると、ほんとならオヤジは使用人だし、その子供と主人の子供が分け隔てなく、なんてあり得ないっしょ? 普通。それがあのうちって、たくさん人がいるせいか、せつばあさんも会長も別になーんも言わねーし、おやつも遊びも叱られるのもみんなひっくるめて一緒で、ガキン頃はほんと楽しかったなー」
しゃべっている間も、公一はぱくぱくと口を動かしている。
「あ、せつばあさんってのは、もう先代の何とか麻呂って人ン時からあのうちで家事取締りとかやってるばあさんで、これがまたうるさいの何の」
公一は千雪に説明する。
だが公一の話を聞いても千雪は意外に思わなかった。
それは何でも自分でやるように躾けられたという京助を見ていれば推して知るべしだ。
「何とか麻呂?」
千雪はその名前に興味を持った。
「郁磨呂。俺の曽祖父。祖父は早いとこくたばったらしくて、こいつが祖父さんだと思ってたな。結構豪快なジジイだった」
京助がさらりと答えた。
「へえ。ほな、家系図とかあるん? 面白そうやなあ」
率直に面白がる千雪に苦笑いし、「あるみたいだぜ。小説のネタに今度使ってみろよ」などと京助は言う。
「ほんま使わせてもらおかな。けど、京助んち、にぎやかで楽しそうやんな」
すでに家族は誰もいなくなった千雪としては少し羨ましい気がした。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
