佐久間が何を考えているのか知らないが、もうずっとそうやって敬遠していてほしいと千雪は思う。
変なヤツ。
俺の小説のファンなのはありがたいが、必要以上に近づいてこられるのはごめんなのだ。
特に今の千雪には、何となく、佐久間の相手をしてやるような精神的余裕がなかった。
停滞していた。
学生の論文も読んでいるのだが、ちゃんと頭に入ってこない。
探偵小説も一行書いてそれから進まない。
幸か不幸か、京助は教授のお供で学会に出向き、帰ってきたと思ったら解剖に駆り出されて忙しい毎日を過ごしていた。
律儀にも京助が作り置きして冷凍してくれていたカレーやシチュー、サラダや煮魚などがタッパーに保存されて冷凍庫に入っていて、口に合わないものや美味くないものを口にしなくても千雪が飢えることはなかった。
「有難過ぎるわ、ほんま………」
曲がりなりにも炊飯器くらいは使えるので、コメを炊きさえすればいいのだ。
早めにアパートに戻ってきた千雪だが、何となく気もそぞろに時間を持て余し、フラッと出かけた先は、乃木坂の青山プロダクションだった。
「あら、いらっしゃい、千雪さん」
笑顔で出迎えてくれたのは、業績は右肩上がりなくせに、万年人手不足で常に仕事に追われている社長の工藤を癒してくれる会社にとっては貴重な存在である鈴木さんだ。
「今ちょうどお茶にしようと思っていたところなんですよ」
「あ、ほな、これ、シュークリームです」
千雪はここに来る途中のパティセリーの紙袋を鈴木さんに渡した。
「まあ、ありがとうございます。どうぞ、お座りになってくださいな」
珍しく工藤はオフィスにいて、しかしいつものごとく難しい顔をして電話をかけていた。
ポケットの携帯が鳴ったので取り出してみると、珍しい名前が画面にあった。
それも自分で入れたのではないから、正月の飲み会の時にでも本人が入れたのだろう。
「久しぶりやな、辻、どないした?」
「暇やし、ええ天気やから、かけてみた」
「何やそれ」
千雪は笑った。
横浜の大学を出た辻は、在学中バイトをしていた横須賀にある中古車の会社に就職し、今もずっと同じアパートに住んでいるらしかった。
「超珍しい、アメ車が手に入ったよって、河原町あたり走ってみよ思て」
「帰るんか?」
「盆に忙しうて戻れんかったから、オカンにいっぺん顔見せ言われとおる」
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