メリーゴーランド103

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 夏も終盤というのに相変わらず残暑とは言い難い猛暑日が続いていたが、それでも九月の声を聞く頃には、季節は風のさやけさにも徐々に変わりつつあった。
 その日千雪は小夜子から披露宴に使う研二の菓子の試作品ができたからという連絡を受けて、日本橋に向かった。
「おう、千雪、バテてないか?」
 大和屋の応接間に通されると、既に研二が来ていて、にこやかに声をかけてきた。
「なんとか。俺より研二のが大変やろ? 店の方と、菓子の方と」
「まあ、なんとか」
「京都と行ったり来たりやろ?」
「まあ、そろそろ京都の方は落ち着いた」
「そうか? けど、お前がこっちきてもうて、おっちゃんら寂しいなるなあ」
「そうでもないやろ。秋になると茶会やらでまた忙しなるし」
 そこへ小夜子がお茶と研二の菓子をトレーに乗せて現れた。
「お待たせ。おもたせで早速いただきましょ、研二さんのお手製のお菓子」
「へえ、うちで作ってるん?」
 熱いお茶と小皿に乗っているのは透明な水流に泳ぐ鮎を思わせる涼やかな菓子だ。
「きれいや」
 千雪は思わず菓子に見入った。
「試作品で申し訳ないけど、つい凝ってしもて」
「食べるんがもったいないくらいアートやな」
「そうなのよ!」
 千雪と小夜子が交互に菓子を見ながら感心していると、「いや、食べてもろてすぐに消えてしもてこそ、菓子の意義ですやろ」と研二は言った。
「ふーん、刹那の美学いうやつやな」
「そこまでのもんやないで」
 千雪が首を捻りながら言うと、研二が笑った。
「わかったわ、じゃ、いただきます!」
 最初に小夜子が黒もじで菓子を割り、口に運んだ。
「美味しい!」
 千雪も一口食べて頷いた。
「アートで美味いて、なんかすごいな」
「何やそれ」
「三田村が言いそうなせりふやろ?」
 研二は千雪と顔を見合わせて笑った。 
「これ、新しい店に出すん?」
「まあ、いくつか試作品作ってみて、芝さんの意見ももろてからかな」
 謙虚な意見を研二が口にすると、「あら、これは絶対出すべきよ」と小夜子が断言した。
「そうですね、夏にはこういった感じの涼しそうなもんを並べようかと思うとります」

 


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