「まあ、色々事情があるらしい。第一真犯人は同僚でそいつに濡れ衣着せられたわけで、会社に対しては心底怒りしかないようだ」
「なるほど。何にせよ、一人でも社員が増えれば、工藤さんも少しは眉間の皴がとれるかしれへんし」
「余計なお世話を焼くほど暇なのか? 先生は」
「なんもかんも手詰まりやから、ちょっと鬼の怒号でも聞いたら、干からびかけた創造力に神のお告げでも降りてこないとも限らんと思うて」
「残念だったな。さすがに怒鳴り散らすパワーも萎んでいる」
千雪はくすくすと笑う。
「それやったらちゃんと休まはったらどうです? 工藤さんがぽっくりいてもうたら、この会社も鈴木さんもその元エリート商社マンもまた路頭に迷いますわ」
「ご忠告いたみいる。どうだ、暇ならお前も一緒にホテルでも行くか?」
ニヤニヤと工藤が聞いてくる。
「遠慮しときますわ。どうせなら京都とか行きたいわ。ダチも京都に行く言うてるし」
「おう、そういや、お前のうるさい黒子は今日は張り付いてないのか?」
「京助はどこぞの殺人鬼に殺されたご遺体の解剖で忙しいらしゅうて」
「フン、構ってくれねぇからってまた京都なんぞに一人で勝手に行くなよ。黒子にここへ押しかけられても困るからな」
一年前のことをあてこすり、工藤がニヤニヤしながら立ち上がった。
結局のところ、それから間もなくまた千雪の携帯が鳴った。
「ああ、終わったんか? 今は青山プロダクションにおるけど……」
たった今工藤が話していた黒子からで、まだ何か千雪が言おうとしたにもかかわらず、今行く、とばかり携帯を切ってしまった。
千雪は京助の車でアパートに連れ戻され、いつものごとく時間が過ぎていく。
京都に戻った研二は辻と向こうで会って、先に飲みに行ったらしい。
菊子や江美子からは、時々、楽し気な嬉し気なラインが届く。
江美子のお腹はさほど目立たないものの、華奢な江美子にはかなりな重量らしかったが、その笑顔はただ生まれてくるだろう子供を今か今かと待ち望む喜びに満ちていた。
そうこうしているうちに毎日更新していた猛暑日の文字も天気予報からいつの間にか消え去り、少しずつ秋色が深まりつつあった。
その時、研究室は皆が出払っていて、千雪一人だった。
千雪は窓から抜けるような青い空を見上げた。
すっかり澄み切った秋の色をしていた。
携帯が鳴ったので、見ると研二の名前が表示されていた。
「どないした? そっちは準備できたんか?」
帰るから飲み会をいつにする、といった連絡だろうかと、千雪は思った。
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