「江美子に献杯するか?」
それまで黙って皆の話を聞いていた研二がボソリと言った。
「おう」
男たちの声が静かに重なった。
京助が用意していた日本酒を開け、盃を探して皆に配り、注いで回った。
「献杯!」
研二の声に皆が追随した。
それを境に、千雪の中で何かが終わったような、そんな気がした。
江美子の存在が消えたことはまだ実感としてない。
今もこの皆の元へ、千雪の元へ笑顔で現れるような気がしてならない。
この一連の出来事は千雪の夢で、覚めることがあるのなら。
あまりに突然の事実を受け止めきれないのは千雪だけではない。
だがこれが動かしがたい事実であることは、どこかでわかっている。
同級生たちとの絆はこれからもさほど変わらないかもしれない。
この街も家もこれからもここにあるだろう。
だが、江美子がいなくなり、研二もこの街を去り、父も母もとうにない。
千雪の家族があった時も、江美子がいた時も、研二がいた時ももはや思い出の中でしかないのだ。
それらは温かく、千雪を育んでくれていた大切なものだ。
だがやがて温かい記憶として遠くなるのだろう。
いろんなことが変わっていく。
それでも前に進まなければ。
三田村と桐島は江美子がくれたようなこの機会に、もう一度話をすると言っていた。
研二はこちらの店の職人たちとの打ち合わせはほぼ終わり、あとは仕入れや当日前後のスケジュールなどを調整してから東京に戻るらしい。
辻はこれから車で戻ると言った。
研二が戻り次第、向こうで逢うことになった。
千雪は口には出さなかったが、京助がいてくれたことに、ひどく感謝した。
皆が帰ったあと、京助はそんな千雪をただ抱きしめていた。
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