メリーゴーランド115

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 東京に戻ると、教授の論文の手伝いやら雑誌連載の締め切りやらに追われて、図らずも忙しくなり、千雪もぼうっとしている余裕はなくなっていた。
 京助は京助で、自分の論文提出期限が迫り、互いにひたすらパソコンに向かう日々が続いた。
 お陰で千雪は江美子のことを考える暇もなく、いや、東京にいると江美子は京都で今も暮らしているかのように錯覚することが多かった。
 江美子の子供は退院して久美子と名づけられ、江美子の母の手で大切に育てられていると菊子がラインで知らせてきた。
 江美子の生まれ変わりのような赤ん坊のお陰で、少なくとも沢口家にとって哀しみに浸る暇もなく、常に小さな命に振り回されているようだった。
 思いがけなかったのは、江美子の夫でアホ旦さん、バカ旦さんと同級生の間では名前も呼ばれることがなかった男が、まるで心を入れ替えたように遊びにも出ることがなく働いているという。
『おかしいて、あの人、絶対どっかでまたボロ出さはるて、島田くんら言ってるし、うちもまだ全然信用してないけど、おばちゃんが、少しは子供の父親やいう自覚がでけてきたんやないかて』
 慶一という名前だと、葬式の時にやはり初めて知ったその男は、立派にボンボンの優男にしか見えなかった。
『俄かには信じられへんな。江美ちゃんがおらんよになったよって、いずれ店は自分のもんになるとか、喜んどるんちゃう?』
『うん、うちもまだ全然信じられへんけど、久美子ちゃんのためには、実の父親がしっかりしてくれるんが一番ええ思うけどな』
『でもまだ若いンやろ? 後妻さん迎えはることも考えてんやないか』
『それはある思う。とにかく久美子ちゃんが一番やから、後妻さん迎えはるんやったら、店は出ていかはるんが筋や思う』
『そやな』
 菊子はちょくちょく久美子の顔を見に裏から沢口家に寄っているという。
 ともすると江美子のことを思って涙する母親を菊子が慰めたりしているらしい。
『そや、肝心なこと! 桐島さん、三田村とモトサヤみたいやで』
『ほんまか? そらメデタイ』
『桐島さん、江美ちゃんのことで、何か大切なものを置き去りにしてる気がしたとか言うて、そしたら、自然ピアノもこだわりがのうなってまた弾けるようになったて』
『ほな、プロポーズは受けたん?』

 


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