うちのカメラマンて、井上ってやつやろか?
以前工藤に紹介された時、軽口を叩く、業界人間特有の匂いがした。
地下鉄を乗り継いで乃木坂で降りると、階段を上がり地上に出た。
当たり前だが、ここの空も抜けるような色をしていた。
一分も歩くとすぐ青山プロダクションの自社ビルだ。
オフィスのドアを開けると、案の定、いつぞやのカメラマンがテーブルに腰かけて、小野万里子や志村嘉人と笑い合っていた。
「あら、千雪さん、いらっしゃい」
この会社の癒し系担当の鈴木さんがにっこりと出迎えてくれた。
「こんにちは」
「お仕事の方は大丈夫なの?」
万里子が聞いた。
「ええ、まあ」
すると井上が急に近づいてきた。
「あれえ、名探偵、いつものいでたちと違わない? 妙にクールじゃん」
井上にジロジロみられて千雪はつい身を後ろに引いた。
奥の自分のデスクからやってきた工藤が千雪を頭のてっぺんからつま先まで検分するように見ると、「ま、いいか。色も地味目だしな」と言った。
「メイクは任せて」
万里子が笑う。
「その前に一休みしよう」
志村の後ろにはマネージャーの小杉が控えていた。
鈴木さんが窓際のソファへお茶とクッキーを用意して皆を呼んだ。
「ねえ、次回作もあたし出たいな。千雪さん、あたしにぴったりのキャストってない?」
隣に座った万里子がそんなことを言い出した。
「次回作て、まだ今回作も封切られてへんのに」
「あら、撮影し始める頃にはもう次の仕事は決まってるようなものよ? この業界じゃ」
「は?」
千雪は眉を顰めて苦笑した。
まさか、と言う顔で工藤を見やる。
「とりあえずドラマで行くことになってる」
「はあ? どういうことですの? それ」
思わず強い口調で千雪は工藤に尋ねた。
「どういうこともそういうことさ。NTVで映画と同じキャスティングでドラマ化されることになった。来年秋放映予定だ」
「予定て、そんなん、俺に断りもなく」
千雪は工藤に抗議した。
「だから今断ってるだろ?」
にやりと笑う工藤を千雪は思い切り睨み付ける。
「第一、封切りは来年春で、コケるか知れへんのにドラマやなんて、ようそんな企画とおさはるな!」
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
