千雪は行く手に先ほどの男たちの姿を見つけて、さり気なく、アスカの顔を伏せさせた。
「さっきのやつら」
こそっと千雪は言った。
バックミラー越しに男たちが右往左往する姿が見えたので、おそらくまけたはずだ。
「おたくさんら、ひょっとして芸能人? 何かマスコミに追われてたりする?」
運転手が気さくに声をかけてきた。
「や、ようわかりましたね、この子のマネージャーなんですけど、ちょっと今ゴシップネタで、追いかけられてまして。そんなんで、早いとこよろしゅうお願いします」
咄嗟に千雪は自分でもいい演技やないかと思うような嘘八百を並べたてて、運転手を急かした。
「よっしゃ、任しといてください」
運転手はそう口にした通り、運転さばきも軽やかに、渋滞を避けてうまく通りを抜け、麻布の交差点まで突っ走ってくれた。
「おおきに。釣りはいりませんよって」
千雪が一万円札を渡すと、運転手は上機嫌で走り去った。
「どこ行くの?」
「セキュリテイが万全なとこ」
京助のマンションしか思いつかなかった。
「Hi!」
ガードマンのジョージが千雪に気づいて、にっこりと声をかけてきた。
ジョージはアメリカ人留学生で大学に通いながら、夜のバイトをしている。
千雪も笑顔で返すと、エントランスでカードキーを取り出して開けた。
それから高層階用エレベーター、といってもビル自体、八階が最上階だが、六階から八階までの方へ乗り込んだ。
大概は京助の方が千雪のアパートに転がり込んでいることが多いのだが、千雪もたまにこっちの京助の部屋に来ることもある。
いつぞや速水に入ってこられてからは滅多に一人で来ることはない。
京助はキーを換えたと言っていたが、それでも速水のことは思い出すたび胸くそ悪くなる。
カードキーで中に入ると、ピアノの上には吸い殻がてんこ盛りの灰皿、論文の打ち出しだろう丸めたものがあちこちに散乱している。
「俺ンとこ汚いとか言われへんやろ」
千雪は思わず呟いた。
まあ、五十歩百歩いうとこか。
「え、ここ誰の部屋?」
「ダチの部屋。俺ンとこセキュリティも何もあれへんアパートやから、ここなら安全や思うけど………」
大丈夫なんやろな、鍵。
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