「色々事情がありまして」
「女の子に追いかけられ過ぎて、トラウマになったらしい」
千雪の答えに渋谷が追加する。
「そりゃまた、羨ましいようなトラウマだな」
加賀は渋谷とも工藤とも子供の頃同郷で、顔見知りの医師だが、横浜の下っ端の組員で刑務所を出たり入ったりしていた父親は、そのうち刑務所内で病死した。
同郷とはいっても、加賀と工藤は子供の頃の接点はない。
ただ、亡くなった父親が平造の弟子と称していた関係で、加賀も平造には子供の頃には可愛がってもらった。
父親を反面教師にしたというわけでもないが、子供の頃からずる賢く立ち回る子供で、渋谷とは一緒の道場に通っていた。
父親よりもともと神田明神に近いこの医院の院長だった叔父に似たのか、頭の回転が速かった加賀は医師になったが、背中にタトゥならぬ倶利伽羅紋々の入れ墨を入れ、叔父の死後この医院を継いで、夜の女や男、まともな医者に行けないような不法滞在者などまで診てやるので、背後に何者がいるかわからないと、日頃の鍛錬は欠かさない。
結局、車はパーキングに置いたまま渋谷にアパートまで送ってもらった千雪は、その夜はさすがに疲れて即寝てしまった。
千雪がアスカの事件で災難だったと思ったのは翌日のことだ。
生あくびをしながら朝から大学に行った千雪は、ぼんやり感が抜けない頭のままパソコンのキーボードを叩いていた。
それこそ頭のもじゃもじゃは、何も手入れをしないまま寝ぐせ付きの状態でやってきたからで、むしろズボラな自分にはそんな状態でいられることが有難くもあった。
昼には学食でうどんをすすっていると、佐久間がやってきて目の前に大盛カレーを乗せたトレーを置いた。
「今日は京助先輩戻ってくるんでしたっけ?」
何やら開き直ったような顔をしている。
「…多分な」
ああ、メンドイやつがきよった。
もそもそとうどんを食べる千雪は、ガツガツとカレーを平らげていく後輩にそういう目を向けたのだが、生憎佐久間にはそれを感じ取るようなデリカシーはなかった。
食べ終えて食器を返し、いつものようにコーヒーを持って外に出た。
少し風があったが天気はよく、日中はまだ外でも待ったりできそうだ。
「理沙子が、今度の映画の取材、すごくよかったって、感激してました」
当然のように千雪についてきた佐久間が言った。
「へえ」
千雪はどうでもいいような返事をした。
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