「けど、俺はもうずっとあの頃にまだおるねん………」
千雪は踵を返して部屋を出た。
「千雪!」
研二の声が聞こえたが、そのまま階段を降りて早々とヘタクソな歌が聞こえてくる部屋へと向かった。
宙ぶらりんのまま、心の奥にはまだあの古い庭に佇む千雪がいる。
あの桜の下にまだ、立ち竦んでいる。
「告白できずにうじうじしているうちに、他のやつに取られたってのがお前の体験てわけか?」
いつぞや、千雪の推理小説「花のふる日は」を映画化したいと言ってきた工藤は、小説からそんなことまで読み取っていた。
あの話は、卒業の日、研二と歩いた道に降る桜がずっと背景にあったものだ。
真由子と結婚し、二人の子供もいる研二にはもう過去のことなのだろう。
離婚は真由子の心の問題なのだろうから、落ち着けばまた家族が一緒になる可能性もあるのだろう。
研二は過去ではなく未来へと向いているのだ。
そんな研二に、つい、感情が昂ってつまらないことを言ってしまったと、千雪は後悔した。
あほやな、俺。
ドアを開けると佐久間と公一のアニメソングメドレーが続いていた。
ちょうど千雪の子どもの頃にやっていたアニメソングを佐久間が歌い始めたところだった。
千雪はそのままつかつかと佐久間のところに歩み寄り、いきなり佐久間の持っているマイクを奪い取って続きを歌い始める。
既にビールでいい調子の佐久間は、千雪の持っているマイクをそのまま握り、一緒になって歌い始めた。
「おお、いける口だな、名探偵!」
「いけえ、名探偵!」
ソファに深々と腰を降ろしてビール片手の速水や理香は面白がって囃し立てる。
京助はその向かいに座って憮然とした顔で眺め、アスカはいきなりアニメソングを歌い始めた千雪を見てくすくす笑った。
やがて千雪を追うように研二、三田村、辻の三人が現れたが、佐久間と歌っている千雪を見て、少し拍子抜けしたように突っ立っていた。
「ようし、みんな揃ったから、せっかく秋山さんが置いてってくれたドンペリで乾杯といこう」
アニメソングが終わると、京助がクーラーからドンペリを取り上げて言った。
京助がコルクを開けて、テーブルの上に並べたグラスに注いでいく。
「うまいわ! さすがドンペリ!」
辻がひょうきんな声を上げる。
「味なんかわかっとんのんか?」
「この際、何でも美味いがな」
三田村の突っ込みに辻がニヤニヤ笑う。
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