メリーゴーランド270

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 カウンターの一番奥のスツールに陣取った男は、バーテンダーから何杯目かのバーボンを受け取った。
 明らかに無精髭は何日も前からのもので、スーツの上着の皴はそのブランドには似つかわしくないようだが、男はそんなことには無頓着にグラスをゴクゴクと飲み干した。
 店内にはゆったりとしたサックスがジャズを奏で、鈍く黒光る壁や床は年季が入っている。
「フィリップマーロウでも気取っているのか? 京助」
「何だソレは」
 京助は相手を見もしないで不機嫌そうに言った。
「お前、たまには小説くらい読んだらどうだ? モルグに籠って死体ばっか相手にしてると頭ン中まで腐っちまうぞ」
「何しに来たんだ克也」
 イライラと京助は言葉を帰す。
「いや、しかし、何か、今朝のスポーツ紙を久々賑わしてたじゃねぇか。スーパーモデルとホテル帰りとかって。それにしちゃ、くたびれたスーツといい無精髭といい、まるで失恋男が酒を浴びてるみたいだが」
 速水はスコッチをオーダーすると、京助の隣に腰を降ろした。
「それ以外何に見えるってんだ」
 京助はバーボンを追加オーダーした。
「何、まさか、モデルとの浮気がばれて千雪ちゃんに三行半とか?」
 揶揄する速水を睨み付けるように見ると、京助は前に置かれたグラスを口に持って行く。
「痴話喧嘩かよ。早いとこ謝っちまった方がいんじゃね?」
 速水はグラスに口をつけながら、言った。
「そんなんじゃねえよ。千雪が別れるって言ったんだ。あれからもう一週間、部屋にも帰っちゃいない」
 京助の科白に、お茶らかしが得意の速水もさすがにグラスを持つ手が固まった。
「どういうことだよ、それ?」
「どういうもこういうもそういうことだろう。携帯も出ない。カレンと会ったのはその後たまたまだ」
 まさかと思っていた。
 だが部屋にも帰ってきた気配がないことに焦った京助が、法学研究室に行ってみたが佐久間がずっと休みで携帯も出えへんし心配してるんです、と言う。
 京助は宮島教授が戻るのを待って千雪のことを聞いた。
「おや、君にも言わなかったのか? 相当精神的に参っているんじゃないのかな」
 書けないのだと言っていたこと、当分休むように言ったことなどを聞いた京助は愕然とした。

 


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