今度は何だと構えた千雪に、九条が言った。
「原小夜子さんと紫紀さんが付き合っているというのは本当ですか?」
それこそ寝耳に水のような話に千雪は「は?」と聞き返す。
「いやそれが、この美術館のラウンジでお二人で親密なお話をされているところを見ましたし、それだけなら、展覧会の話かとか思ったんですが、かの銀座のレストランMの個室でお二人でお食事をされていたとか、これはたまたまそこに居合わせた財界人の話なので確かだと思うんですが」
「そんな……話、俺は何も………」
いや、小夜子も猛が亡くなって三年が経つし、シングルで、紫紀も確かバツイチだがシングルらしいし、年齢的にも付き合ってもおかしくはないだろう二人だが。
だがしかし。
何でよりによって京助の兄貴と?
この間は喧々囂々やったやん?
ウソやろ?
たまたま強引にメシ誘われただけやろ?
思いもよらぬ話に、京助の縁談がどうのなどどこかに吹き飛んでしまった。
すぐにも小夜子に問いただしたいと、千雪は九条に暇を告げて美術館を出た。
日本橋の大和屋を訪ねると、小夜子は広報部にいると言われ、会社側のエントランスから広報部のある五階へと上がった。
大和屋が七階建てのビルを新築したのは十年以上前になる。
一次は業績が傾きかけたこともあったが、着物教室やレンタル着物などのサービス、着物ショーなどのイベントなどを増やし、ネット対応や会員制度などの充実で何とか持ち直した。
社長は小夜子の父、原俊一郎で、小夜子は大学を卒業以来、広報部で仕事をしている。
亡き夫の猛は、報道カメラマンだったが、彼は原の家に入り、いずれは大和屋の仕事もやりたいという意思を持っていた。
三年ほど前、猛が中東で戦死して以来、ふさぎ込んでいた小夜子が、最近ようやく前向きになってきて、外にも出るようになった、と俊一郎も伯母の正子も喜んでいたことは、千雪も知っている。
得意先が来店した時なども積極的に店に出るようになったらしいことも、先日、研二の菓子を届けた時によかったと千雪は思ったのだ。
猛の三回忌には、秋田の実家にいる猛の弟が上京し、分骨して実家の墓にと申し出た際、これからは自分の人生を生きてほしい、猛もそれを望んでいる、と小夜子に頭を下げていた。
その言葉が小夜子に何らかの変化をもたらしたのかも知れない。
当然、誰かと付き合うこともいいだろうとは思う。
けど、何で京助の兄貴やね?
千雪はまた同じようなことを心で呟いた。
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