メリーゴーランド284

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 初生けが終わった後、お抹茶をお弟子さんたちに振舞うのが近年好評なので、今年は初釜もどきをやってみようかなどと思っていた理香にとって、大和屋の着物に続いて研二の菓子は絶対あたりだと頷いた。
「千雪ちゃん、お久しぶり。ここ、いいかしら?」
 二人掛けのテーブルに座ってかれこれ一時間、ぼんやりしていた千雪は思いがけない人物の出現に顔を上げた。
「今ね、小夜子さんに初生けの着物誂えていただいて、この店に寄ったの。前から来たかったのよ。美味しいわよね、研二さんのお菓子」
「筋金入りのええ職人やから、研二は」
 研二のことを褒められると、千雪も素直に嬉しい。
「初生けの後のお茶用に、お菓子もお願いできてよかったわ。評判がいいし、今からだと無理かと思ってたのよ」
「そら、よかった」
 千雪は少し冷えたお茶を緩慢な動作で口に持って行く。
「そう言えば、華道家のあたし、小説に出してくれるんでしょ?」
「え、そないなこと言いましっけ?」
「あら、軽井沢であたしの花見てて、言ったじゃない」
 千雪は小首を傾げた。
「うーん、いつになるかわかれへんなあ」
「次回作はもう決まっちゃってるの? 登場人物」
「次回作か……」
 千雪はそこで言葉を切った。
「ほんまに期待せんとって下さい。次回作なんてあるかどうかわかれへんし」
「え、どういうこと?」
「うーん、何か、俺、今、文章書けへんから」
 サラリとそんなことを言われて、理香は固まった。
「……どういう…こと?」
「さあ? なんやろ?」
 頬杖をついたまま千雪は他人事のように言った。
「って、何? スランプとか? そういうやつ?」
「さあ?」
 千雪はまた小首を傾げるだけだ。
「さあって、困るじゃない? 編集は何て言ってるの?」
「一応、仕事に穴開けたし、しばらく休業いうても、まあ、次は声はかかれへん思うけど」
「ちょっと! そんな悠長に構えてていいわけ? 次の作品待ってるファンだってたくさんいるわけだし」
 すると、千雪は、うーん、としばし口を噤む。
「俺みたいな三流探偵小説家の新人やなんて、もっと人気作家が現れればいずれ忘れ去られるだけや思うけど。まあ、あの編集、一緒に仕事ができなくなって残念、とかって人やなかったから、別にええけど」
 淡々と口にする千雪に、理香は思わず声を上げた。
「何ゆってるのよ! 今年の春には映画だって封切りでしょ?」

 


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