論文と格闘中で無精髭も板についてきた京助の携帯に理香が電話をしてきたのは午後九時を回った頃だった。
京助は表示されている名前を見て無視を決め込んだがなかなか鳴りやまない。
「なんだ」
「いつもにまして不機嫌な声ね」
「お前の声を聞いたからな」
「千雪ちゃん、逢ったわよ」
京助はしばし口を噤んだ。
「研二くんの店で」
「それで?」
「華道家を小説に登場させてくれるっていってたから、どうなのって聞いたら、書けなくなったとか言うのよ」
「精神的なものだ。ほっといてやれ。それだけなら、切るぞ」
「それでいいの? ほんとに別れるつもり?」
「お前には関係ない」
「心配してあげてるのに。まさか、千雪ちゃん、研二くんと一緒にいるの?」
理香の声が高くなる。
「そうだ」
「京助、知ってたの?」
「千雪がそう望んだんだ」
イラついて京助は携帯を切った。
今さら事実を再確認したところで、何も変わりはしない。
中断したノートパソコンに向かったが、理香の声が耳についてキータッチを間違えたことにまたイラついた京助は、立ち上がってピアノの上に置いてあるバーボンのボトルを掴んだ。
グラスに酒をカパカパと注ぐと、京助は一気に飲み干した。
極力感情的なものに煩わされないようにキーボードを叩いていた京助だが、一旦途切れると、また千雪のことに思いが飛んでしまう。
「クソっ!」
どこにも持って行きようがない怒りに京助は拳で壁を殴りつけた。
そんな京助の精神状態を逆撫でするようにまた携帯が鳴った。
紫紀からである。
「何か用か」
「クソ面白くないという声だな」
「論文で忙しい」
「そうか。忙しいところ悪いんだが、週末、時間を取ってくれ。ニューヨークからマギー叔母さん一家が来る」
「はあ?」
「T大で学会があるらしいし、結婚式にマギー叔母さんしか行けなかったからって、一家してお祝いも兼ねてうちに来るって話で」
マギー叔母は京助と紫紀の亡くなった母ケイトが物理学者だったように、夫婦で物理学者でありニューヨーク大教授である。
さらに二人の息子のうち長男のテリーもボストン大で物理学研究室に在籍する物理学者だが、次男のバーニーだけは物理学者とは縁がなく、現在、東洋グループニューヨーク支社にいる。
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