速水はビールを飲み干して、立ち上がった。
「お前まで酒の量増やしてどうすんだよ。ほどほどにしとけよ」
「余計なお世話」
今度はマティーニに口をつけながら理香が言った。
速水は店を出ると、携帯を取り出して、ある番号をタップした。
「こんばんは、速水です。お忙しいところすみません」
意外にすぐ相手が出た。
「珍しいね、何かあったのか?」
一見すると柔らかな物腰や言動から、無害な優男と思われがちだが、この男はただ無駄に己を目立たせるようなことはせず、意図して気配を消すくらいお手の物だ。
その代わり必要な時は強烈なオーラを背負って登場するし、些細な情報でも必要と思えばきっちり頭に入っている、顔には出さないが、この男のすべてお見通しのような得体の知れなさが昔から速水は苦手だった。
速水も心理学などをやっているわけだから、ポーカーフェイスは専売特許と言いたいところだが、到底この男には太刀打ちできない。
「わかりました。では今から伺います」
今会社を出るところだから『泉水』で逢おうと言われ、速水は即答し、タクシーを拾った。
井の頭線西永福から車で五分ほどのところに『泉水』はあった。
住宅街の一角に高い塀で囲まれ、外からは鬱蒼とした林しか見えないような『泉水』は確かに泉水和夫という表札があり、個人宅には違いないのだが、裏口のようなドアの前でチャイムを押すと、どなた様? という声が聞こえた。
速水です、というと、中からドアが開かれた。
「どうぞ、お入りください」
年配の女性について行くと、見覚えのある玄関に灯りがついていた。
ドアを開けると、かなり広くはあるがあくまでも個人宅の玄関という佇まいで、用意されたスリッパに履き替えた。
コートを女性に預け、通されたのは八畳ほどの洋間で、テーブルを挟んで革張りの年代物のソファセットが置いてある。
お茶が運ばれて十分ほども経ったろうか、ドアが開いた。
「お待たせ。早かったね」
男は柔和な笑みを浮かべてそう言うと優雅に向かいに腰を降ろした。
「いえ、急にご連絡したのに、ありがとうございます。紫紀さんはお時間大丈夫なんですか?」
「今日はちょうど、小夜子さんとここにご飯食べに来ようと言ってたんだけど、トラブルがあったとかで、フラれちゃってね」
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