住人は泉水和夫だが、この屋敷はもともと綾小路の別邸で、紫紀の曽祖父が囲っていた女性を住まわせていたというシロモノで、当時は料理人と手伝いの女性も一緒に住んでいたのが、曽祖父もその女性も亡くなったところで、紫紀の父大長が料理人夫妻に屋敷を明け渡した。
その料理人が泉水といい、ただでは屋敷をもらえないというので、何かあるとこの屋敷で会合などで利用するようになり、その息子が後を継いで、今はたまに綾小路家専用の料亭のように使われている。
親同士の付き合いもあり、速水は子どもの頃からたまに連れられてきていた。
「お久しぶりです、泉水さん」
若い頃はよその料亭に修行に行っていたという今の当主は、無口だが料理の腕は超一流、紫紀からは再三料亭として店を開いたらどうだと言われながら、綾小路のたまの客相手に腕を振るうのみだ。
小ぶりな鮨を中心に、刺身や煮物が小鉢にいくつか運ばれた。
「すごいタイミングよかったよ。誰か誘わないとなと思ってたとこだったから」
「それはラッキーでした。泉水さんの料理なんてなかなか食べられませんからね」
口当たりのいい吟醸酒などをやりながら、紫紀は小夜子がパリ移住のために会社の仕事などが今大変なのだというようなことを話した。
「大は春から四年生なんだが、一学期まではこちらに残って、夏休みはしばらく奈良の母親のところで過ごしてからパリに来ると言っている」
「彼、しっかりしてますもんね。でかいし」
紫紀の一人息子の大は大人の中で育ったせいか、むしろしっかりし過ぎているような感じを、速水はもっていた。
「まあね。でもまだ十歳だし、母親に甘えたい頃だろうからな。こちらに残ってもいいといったんだが、自分で見聞を広げたいって決めたんだよ」
「小夜子さんと大くんはうまくやっていけそうなんですか?」
「まあ、何とかやっていけるんじゃないか? 二人とも無理をするタイプじゃないから」
「なるほど」
頷いている速水のグラスに、紫紀が吟醸酒を注ぐ。
「それで? 気になっているのは京助のことか?」
何気なさげに、唐突に紫紀が切り込んできた。
これだから油断がならない。
「ま、そうです。一応、ヤツとはダチとしても長いんでちょっと」
「小夜子さんがね、千雪くんと連絡が取れないって心配してるんだよ。京助に聞いたら、原稿の締め切りがあるからって言われたらしいんだが、全く電話に出ないとかはないだろう?」
なるほど、小夜子には適当なことを言ってごまかしているわけか。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます
