「せや、今夜の宿、取っとかんと」
携帯で写真を撮ってから、慌てて適当なホテルをググる。
「えと、一人です、はい、小林千雪言います、あ、ええです。駐車場は空いてます? 今、道の駅象潟におるんですけど、三十分以内には行ける思います」
デラックスツインならあるというし、ここから近いからいいか、と、千雪は駐車場へと向かう。
赤いアウディのロックを解除すると、千雪は運転席に乗り込んだ。
「日本海の象潟にはあまり合わん車やなあ。まあ、赤は赤でも鈍い赤やからええか」
暗めの赤ではあるがメタリックレッドのAudi GTは師走の東北を走るにはかなり目立っている。
「借りもんにケチはつけられへんしな」
千雪は笑い、エンジンをかけた。
研二に、京助と話した方がいいと言われた千雪は、やはり長く居候している自分が研二には迷惑になっているのだと勝手に思い込み、研二の部屋を出た。
一旦自分の部屋に戻った千雪の中で、ふいに芭蕉の旅を追ってみようということになって、必要最低限の着替えなどをカートに入れ、車を借りて東京を出たのだ。
奥の細道の旅は春に始まっているのだが、何故か冬の東北に行ってみたかった。
まず深川から千住を通り日光へ向かった。
今年の冬はまだ雪が少ないらしく、快適なドライブ行脚となった。
白河の関跡にも寄りつつ、芭蕉の足跡を巡り、仙台で一泊した。
舟に乗せてもらって松島を巡ったが、雪が降り注ぐ景観は希少なものだった。
翌朝は雪が降りしきる中、平泉へと向かった。
雪の中尊寺や冬枯れの雪景色は幽玄さを湛え、息をのむような美しさに、寒さも忘れて千雪はしばらくぼんやりと佇んでいた。
一関のホテルに泊まり、今日の朝になるが出羽三山神社に向かった。
積雪は多くはなかったが、うっすらと雪が積もった羽黒山五重塔は優美この上なく、めんどくさがりの千雪はどうしようと思いつつもここまで登ってきたことが正解だったと写真に収めた。
芭蕉がこの地を訪れたのは夏で、その頃の景観はまた別のもので芭蕉の思いもまた違っただろうとは思う。
出羽三山神社を後にした千雪は象潟へと向かい、先ほど西施像を前に日本海を眺めていたというわけである。
もちろんその頃東京では唐突に消息を絶った千雪を巡って大騒ぎになっていることなど、知る由もなかった。
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